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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)99号 判決

原告 鄭宏溶

被告 法務大臣 国

主文

原告の被告法務大臣に対する訴えをいずれも却下する。

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告法務大臣が昭和六一年六月六日に原告に対してした在留期間更新許可処分を取り消す。

2  被告法務大臣は原告に対し、在留期間を三年とする在留期間更新許可処分をせよ。

3  被告国は原告に対し、金一〇〇万円を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  3項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(本案前の答弁)

本件訴えをいずれも却下する。

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の地位及び本件処分に至った経緯

(一) 原告及びその両親の在留経過

(1) 原告の父鄭泰俊は、大正一四年に韓国に生まれ、昭和二年にその父とともに渡日したが、在日朝鮮人に対する徴兵令により昭和一九年に強制的に朝鮮半島で徴兵され、日本軍の兵役につくとともに、同年、原告の母朴相出と婚姻し、日本の敗戦後は、一旦出身地に帰って農業に従事しようとしたが、後述のような日本の植民地支配の後遺症により農地を所有又は使用することができず、生活が困窮し、やむなく、昭和二三年二月、妻子を残して再渡日した。

(2) 朴相出は、大正一五年に韓国に生まれ、鄭泰俊との婚姻後、昭和三〇年一一月、既に渡日していた鄭泰俊を追って、長男(原告の兄)鄭福溶を伴って渡日し、鄭泰俊とともに日本で生活するようになった。

(3) 原告は、昭和三四年九月二四日に鄭泰俊及び朴相出の間の二男として新潟県において出生し、その後、東京都内の小学校、千葉県内の中学校及び高等学校を卒業して、昭和五五年に早稲田大学第一文学部に入学したが、昭和六〇年に中退し、現在は学習参考書のフリーの編集者として稼働している。

(二) 原告の在留資格の取得

原告の家族は、当初日本での在留資格を取得していなかったため、摘発を受けて違反調査手続を経たが、昭和三七年三月一九日に鄭泰俊、鄭福溶及び原告に対し、同年四月一六日に朴相出に対し、いずれも昭和五六年法律第八六号による改正前の出入国管理令(以下「入管令」といい、右改正後の出入国管理及び難民認定法を以下「入管法」という。)五〇条一項三号に基づく在留特別許可が付与され、入管令四条一項一六号、二項、旧特定の在留資格及びその在留期間を定める省令(昭和二七年外務省令第一四号)一項三号、二項三号に基づく期間一年の在留資格が認められた。原告は、以後、数回に渡る在留期間更新を経て、昭和四九年六月二一日以降、在留期間が三年となり、その後、昭和五二年、昭和五五年、昭和五八年に在留期間更新手続を経た(なお、右入管令の改正により、原告の在留資格は、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づくものとなった。)。これらの在留期間更新手続は、いずれも在留期間更新許可申請書に所定の事項を記入して提出すれば、形式的審査のみで、更新が許可されてきたものである。

(三) 原告の指紋押捺拒否行為

原告は、紛失した外国人登録証明書の再交付を受けるため、昭和六〇年六月二七日、その居住する行政区域を管轄する東京都杉並区役所に赴いて再交付申請を行ったが、窓口職員から指紋の押捺を求められた際に、これを拒否し、指紋押捺のない登録証明書を受領して、再交付手続を終了した。

原告が右のように指紋押捺を拒否したのは、指紋押捺制度の違憲性を自覚し、当時同じように指紋押捺を拒否していた同世代の者とともに同制度の撤廃を求めたいと考えたからであった。

(四) 本件処分の存在

右(二)の最終の在留期間更新に伴う原告の在留期限は、昭和六一年三月一九日までであったので、原告は、同年三月一四日に入管法二一条に基づき、東京入国管理局(以下「東京入管局」という。)を通じて被告法務大臣に対し、在留期間更新許可申請(以下「本件申請」という。)をした。本件申請は、原告が出生以来日本に居住していて、すべての生活基盤が日本にあり、従来どおり日本において生活を続けたいという理由によるものであった。

ところが、被告法務大臣は、本件申請に対し、従来の取扱いとは異なり、審査の資料に供するためとしてさらに詳細な理由書及び原告の経歴書の追加提出を求め、その提出を受けた上、同年六月六日、東京入管局に出頭した原告に対し、同入管局池田審査課長を通じて原告の在留期間を昭和六二年三月一九日までとし、在留期間を従来の三年から一年へ短縮する在留期間更新許可処分(以下「本件処分」という。)をした。

なお、本件処分に関し、法務省の古渡資格審査課課長補佐は、同年六月一二日に原告に対し、原告が外国人登録法(以下「外登法」という。)一四条(ただし、昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)に基づく指紋押捺を拒否していることの制裁として、在留期間を短縮したものであることを明らかにした。

2  入管法二一条三項に基づく本件処分の違法性

(一) 入管法の適用除外

(1) 原告の両親及び原告が日本に在留するに至った経緯は1の(一)のとおりであり、他の多くの在日韓国人・朝鮮人の場合と同様、戦前の日本の朝鮮半島に対する植民地支配に起因するものである。すなわち、日本は明治四三年の日韓併合を契機に朝鮮半島の植民地支配に乗り出し、朝鮮人を日本帝国臣民としてその支配隷属下におき、土地の収奪、人民の徴用を組織的系統的に行って、これに反抗する者に対しては苛烈な武力弾圧を加えた。そして、日中戦争が本格化した昭和一二年以降は日本国内の労働力不足を補うため、多数の朝鮮人を日本に強制連行して鉱山等における危険な作業に就かせたのであり、その結果、昭和二〇年には日本に居住する朝鮮人は二百数十万人にも及んだが、他方、右強制連行により主要な働き手を失った朝鮮の農家はますます疲弊し、昭和二〇年の日本の敗戦後も、依然右のような植民地支配の後遺症で朝鮮の農村や国内産業は荒廃したままで、帰郷した者の中には、原告の両親を始め、生活が立ち行かず生活の糧を求めて日本に渡らざるを得なかった者も多数いたのである。日本政府が自らの犯した右行為に基づいて発生した在日韓国人・朝鮮人の在留について責任を負わなければならないことは自明である。原告の日本在留が、日本政府の行為に起因する鄭泰俊及び朴相出の渡日によって生じたものである以上、日本政府は原告の日本在留を無条件に認めるべき義務を負っているのであり、原告の在留権のそもそもの根拠はここにある。

(2) 昭和二六年に制定された入管令は、諸外国との人的交流を管理する出入国管理の一般法として制定されたもので、日本に入国、上陸し、一時的に日本で在留する外国人を対象としており、制定当時日本国籍を有するとされていた韓国人・朝鮮人・台湾人には適用されなかった。

ところが、日本政府は、日本国との平和条約(昭和二七年条約第五号)の発効を目前とした昭和二七年四月一九日に同日付け民事甲四三八号民事局長通達(以下「四三八号通達」という。)を発して、「朝鮮及び台湾は、条約発効の日から日本国の領土から分離することになるので、これに伴い、朝鮮人及び台湾人は内地に在住しているものを含めてすべて日本国籍を喪失する」とし、一片の通達をもってこれらの者の日本国籍を喪失させ、入管令の適用があるとしたのである。

四三八号通達は、日本国との平和条約によって日本が朝鮮の独立を承認する以上、朝鮮に属する者は当然に日本国籍を失うはずであり、日本国憲法の下で法律より上位の効力を有する条約が右のように定めている以上、通達で日本国籍を失うこととしても、それは単に右条約の執行にすぎないから、憲法一〇条に反するものではない、ということを根拠とするものである。

しかしながら、日本国との平和条約が韓国人・朝鮮人の日本国籍を日本法上の戸籍の基準により喪失せしめるという趣旨を含んでいなかったことは明白である。すなわち、日本は、右条約二条(a)項により、連合国(条約締結国)に対し、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する義務を負い、また、同条約二一条により、朝鮮に対しても同様の義務を負うところ、朝鮮の独立を承認する義務とは、より具体的には、朝鮮の民族自決権の行使に対して積極的な干渉を差し控え、右の民族自決権行使の国際的効果を承認することを意味するものであり、これを国籍についていえば、朝鮮民族が自民族を主とする国民国家を形成していく上において自国民の確定(国籍の確定)は必須の一過程をなすのであるから、日本としては、朝鮮の自国民確定を承認し、独立国朝鮮に帰属するとされた者に対しては、その者に対する朝鮮の対人主権と両立し難い日本の対人主権の主張を差し控えるべきことを意味するものであるが、それ以上に、日本と朝鮮との間の国籍問題を解決する趣旨を含むものではなく、他に同条約に日本と朝鮮との間の国籍条項は存在しないのであるから、日本が四三八号通達をもって国内法上の基準により勝手に朝鮮に属すべき者の範囲を確定し、日本国籍を喪失せしめたのは、同条約の朝鮮独立承認義務とは全く相容れないものである。日本としては、本来であれば、朝鮮の民族自決権行使としての国民確定を受け入れ、その結果朝鮮国民たることが明らかな者について、憲法一〇条に従い法律をもって日本国籍を喪失せしめるという手続を取るべきであったのである。したがって、四三八号通達による日本国籍喪失の措置は憲法一〇条に違反する違憲無効なものである。

そうすると、韓国人・朝鮮人は、少なくとも潜在的には依然として日本国籍を有し、二重国籍の状態にあることになるから、「外国人」を適用の対象とする入管令、入管法の適用を受けることはなく、当然に日本に居住し続ける権利を有するものである。

したがって、韓国人の一人である原告に対して入管法二一条に基づいてされた本件処分はその根拠を欠き違法である。

(二) 入管法二一条三項の適用除外

仮に、原告に対して一定の場合に入管法の適用があるとしても、その適用は極めて制限的にされなければならない。

すなわち、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和二七年法律第一二六号、以下「法律一二六号」という。)二条六項によれば、昭和二〇年九月二日から同法施行の日(同法附則一号により日本国との平和条約の最初の効力発生の日である昭和二七年四月二八日)まで引き続き日本に在留していた韓国人・朝鮮人等及び昭和二〇年九月三日から昭和二七年四月二七日までに日本で出生したその子は、入管令二二条の二第一項にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができるものとされており(以下、法律一二六号二条六項の適用を受ける者を「一二六―二―六該当者」という。)、また、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条二号、三条七号によれば、法律一二六号の施行日以後日本で出生した一二六―二―六該当者の子については、在留期間を一律に三年とし、三年毎に更新される特定の在留資格が付与されている(以下、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条二号、三条七号の適用を受ける者を「四―一―一六―二該当者」という。)。これは、日本政府が四百三八号通達をもって入管令が在日韓国人・朝鮮人に適用されるとしながらも、これらの者が日本に在留するに至った歴史的経緯及び日本定住の実態からして、その全面適用は不可能と考えていたことを示すものであるが、日本政府は、鄭泰俊のように、右の間一旦朝鮮半島に戻って、再度日本本土に来た者については、これを一二六―二―六該当者としないものとしている。

しかしながら、第一に、日本政府は、「朝鮮は、(日本国との平和)条約発効の日から日本国の領土から分離することになる」(四三八号通達)としているのであるから、これによれば、同条約発効の日まで、朝鮮半島は国際法上日本の領土であった訳であり、したがって、鄭泰俊が朝鮮半島に帰っていたとしても、同人を法律一二六号二条六項にいう昭和二〇年九月二日以前から同法施行の日まで引き続き日本に在留していた者としなければならず、同人を一二六―二―六該当者でないとする解釈は成り立たない。第二に、朝鮮半島に一時戻ったかどうかという偶然の事情によって在留権という重大な事柄に差異を設ける取扱いは極めて不合理である。第三に、昭和二九年七月一四日の衆議院法務委員会の外国人の出入国に関する小委員会の「終戦前相当の期間日本に居住し、戦争末期に強制疎開その他の事由で朝鮮、台湾に疎開等したが、終戦後、日本の旧住宅に現状回復したような場合」にはその在留を特別に認めるべきであるとした決議や、同年九月二日の同小委員会における内田藤雄入国管理局長の「朝鮮とか台湾とかいうのは従来日本の領土であったと、朝鮮人、台湾人というのは日本人として日本に長く居住するに至った理由等が日本自体がむしろ責任を負わなければならない場合も多々あることは、われわれも十分承知しております。したがいまして、これらを国際関係の変化に従いまして直ちにほかの外国人と同じように取り扱うというようなことは、到底なし得べきことではないと考えております。したがいまして、長く日本に在住しておる者に対しては、その事実を十分われわれは考慮しなければならない」という発言などから明らかなように、日本国自身、朝鮮半島に一時帰った者は一二六―二―六該当者とならないとしながらも、このような者に対して入管法を全面的に適用し、ほかの外国人と同じに取り扱うのは到底なし得べきことではないとしていたのである。したがって、鄭泰俊のような経過をもって昭和二七年の日本国との平和条約発効の日までに日本に在留するに至った者を一二六―二―六該当者と区別して、法の適用関係を律するのは誤りである。そうであれば、鄭泰俊の在留権は、一二六―二―六該当者として、又はこれに準じてこれと同様に、無条件に認められなければならず、また、原告に対しては、四―一―一六―二該当者として、又はこれに準じてこれと同様に、羈束的に期間三年の在留資格が認められ、かつその在留期間更新許可申請に対しては、入管法二一条三項は適用されず、必ず更新されなければならないものである。

したがって、入管法二一条三項に基づく本件処分は違法である。

(三) 在留期間更新許可処分の羈束裁量性

(1) 仮に、原告の在留期間更新許可申請に対して入管法二一条三項の適用があるとしても、原告のごとき立場にある在日韓国人からの同条一項に基づく在留期間更新許可申請に対する法務大臣の同条三項に基づく更新許可処分は羈束裁量行為である。

すなわち、鄭泰俊及びその子である原告のような経緯で日本に居住するに至った韓国人については、第一に、(一)の(1)で述べた在日に至る歴史的経緯がその在留期間更新に当たって当然考慮されなければならない。第二に、入管令は、(一)の(2)のとおり、諸外国との人的交流を管理する出入国管理の一般法として昭和二六年に制定されたもので、基本的に日本に入国、上陸し、一時的に日本で在留する外国人を対象とするものであり、その制定時に既に日本に存在し、生活の本拠を日本に置く者を対象とすることは予想していない体裁をとっているのに対し、在日韓国人・朝鮮人は、入管令制定当時日本国籍を有しており、四三八号通達によって、日本国との平和条約発効時に始めて外国人とされたのであるから、在日韓国人・朝鮮人は、入管令が規制対象とする「外国人」とは異質な存在であって、当然、法的に格別の措置が取られるべきであったところ、法律一二六号二条六項はかかる措置の一環ではあるが、仮に鄭泰俊がその適用対象である一二六―二―六該当者に当たらず、したがって原告が四―一―一六―二該当者に当たらないとしても、右のような性格を有する入管令及びその承継法である入管法がそのまま形式的に適用されるべきでないことは当然であって、(二)の衆議院法務委員会の外国人の出入国に関する小委員会の決議や入国管理局長の発言はこのことを明らかにし、また、従前多くの裁判例が在日朝鮮人・韓国人に対する入管法二四条の適用に消極的であるのも、入管令、入管法のこれらの者への形式的適用がこれらの者の在留実態に合致しないからである。第三に、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和四〇年条約第二八号、以下「日韓地位協定」という。)並びにこれに基づく日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(以下「日韓地位協定の実施に伴う出入国管理特別法」という。)によって、昭和二〇年八月一五日以前から引き続き日本国に居住する韓国人又はその直系卑属で同月一六日以後日韓地位協定発効の日(昭和四一年一月一七日)から五年以内に日本国で出生し、その後引き続き日本国に居住する韓国人が、所定の期間内に法務大臣に永住許可の申請をしたときには、必ず右許可がされて永住資格を取得することができ、さらに、右の永住資格取得者の子で日韓地位協定発効の日から五年経過後に日本国で出生した韓国人が所定の期間内に永住許可の申請をした場合も同様とされ(以下、日韓地位協定及び日韓地位協定の実施に伴う出入国管理特別法により永住許可を取得した者を「協定永住者」という。)また、昭和五六年法律第八五号による改正後の入管法附則七項によって、一二六―二―六該当者で日本国との平和条約の発効後引き続き日本に在留しているもの又は一二六―二―六該当者の一定範囲の直系卑属で出生後引き続き日本に在留しているものが、所定期間内に申請をすれば、必ず永住許可を取得することができることとされており(以下同法附則七項により永住許可を取得した者を「特例永住者」という。)、在日韓国人・朝鮮人の多くは、協定永住者又は特例永住者として永住資格を取得し、これらの者の在留については、被告法務大臣が在留許可の際に判断するとされている在留資格該当性及び在留状況が被告法務大臣の裁量判断の対象となることはないところ、原告のように、これらの永住者に近い地位を有する定住外国人も、法形式上の在留資格は入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づくものであるとはいえ、その在留資格該当性を問われることなく在留することが認められており、また、その在留状況を問う必要のないことも永住者と変わるところはないのであるから、かかる定住外国人の在留期間更新許可申請に対する判断においては、一般の外国人同様に在留資格該当性と在留状況とを判断して更新の許否及び在留期間を決定するという入管法二一条三項の構造がそのまま妥当することはないというべきで、在留資格該当性や在留状況を問わず、最長の三年間を在留期間とする在留期間更新許可処分が付与されなければならない。これらの諸点を考慮すれば、原告のごとき立場にある在日韓国人から在留期間を三年とする在留期間更新許可申請があった場合には、法務大臣は、原則として申請のとおりの更新許可処分をしなければならず、これを不許可とし、あるいは在留期間を短縮する処分はし得ないものであるし、また、処分に当たって、原告の在留資格該当性、在留状況などを他の外国人と同様に考慮することは原則として許されないものである。

(2) 被告らは、後記二(被告らの本案前の主張)の1の(一)の(2)のアのとおり、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決(民集三二巻七号一三二三頁)を援用し、外国人の入国及び在留の許否は専ら当該国家の裁量によって決定し得るのであって、特別の条約がない限りは、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定できるというのが国際慣習法上認められた原則であり、憲法及び入管法上、外国人に在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利が保障されている訳ではないとし、在留期間更新許可処分については法務大臣に広範な裁量権が認められていると主張するが、右主張は、以下のとおり、少なくとも在日韓国人である原告に対する在留期間更新許可処分については誤りである。

アa 日本は、右最高裁判決の翌年である昭和五四年に、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号、以下「国際人権規約A規約」又は単に「A規約」という。)並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号、以下「国際人権規約B規約」又は単に「B規約」という。)を批准し、A規約及びB規約とも、同年九月二一日に日本において発効した。しかして、A規約二条二項及びB規約二条一項は、ともに、各規約上の権利が国籍による差別なく保障されることを定め、さらにB規約二六条は国籍による差別なく法律による保護を受ける権利及び右差別に対し法律による保護を受ける権利が保障されることを定めた上、A規約が、相当な生活水準についての並びに生活条件の改善についての権利(一一条一項)、労働に関する権利(六条ないし八条)、社会保障を受ける権利(九条)、母性・児童の保護を受ける権利(一〇条)、健康を享受する権利(一二条)、教育に関する権利(一三条及び一四条)、文化的生活に参加する権利(一五条)などを保障しているほか、B規約一三条が「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」と定め、一旦国内に在留を認められた外国人が恣に国外に追放されることのない権利を保障している。そして、右B規約一三条の「法律に基づいて行われた決定」とは、右決定が法律に定められた正当な理由及び適正な手続によってされるべきことを意味するものであるところ、一旦入国を許可された外国人は、国内で様々な生活関係を築き、国内に生活基盤を得ている可能性があり、かかる外国人にとっては、右のA規約で保障された諸権利も国内に留まる権利が認められて初めて実現できるものであることを考慮すると、この正当な理由とは、A規約で保障された前記諸権利を不当に侵害するものであってはならないことは当然であり、さらに、B規約七条の非人道的取扱いの禁止及びB規約二三条一項の家族の保護に関する各規定に抵触するものであってもならない。

b また、その後、日本は、昭和五六年に難民の地位に関する条約(昭和五六年条約第二一号)に加入し、同条約は、昭和五七年一月一日に日本において発効した。同条約加入によって、日本は、少なくとも難民に関しては、他民族の日本移住を広く認める方向に転換し、また、外国人の入国には旅券所持を必要としてそれに反して入国しようとすれば、不法入国、不法在留として刑事処罰の対象としていた入国管理行政は大きく変貌を遂げたが、それのみならず、同条約三三条一項は、締約国に対し、難民を人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放又は送還することを禁じ、これに伴って入管法五三条は送還先を限定した。

c さらに、前記最高裁判決の後、日本国内に居住する外国人の数は急速に増加し、日本国内の経済、社会、文化において重要な要素を占めるに至り、また、逆に、海外に旅行する日本人の数や海外に在留して生活を営む日本人の数も飛躍的に増加した。そして、このような社会的実情の変化は、単に量的増加に止まらず、既に日本が多数の外国人の日本滞在を前提とする社会に質的に転換していることを示すものである。

d このように、前記最高裁判決以後の国際条約への加入や社会の国際化により、右最高裁判決において、「国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができる」とされた国際慣習法は、重大な変化を遂げているのであり、一旦受け入れた外国人をどのように処遇するかについては、人類としての普遍的権利を保障する観点から決定されなければならないのである。

イ 在日韓国人・朝鮮人の在日に至る歴史的経緯や日本国籍との関係並びにこれを背景として、一二六―二―六該当者や四―一―一六―二該当者はもとより、それ以外の長く日本に在留する韓国人・朝鮮人について、他の外国人とは異なる取扱いがされてきたことについては、(二)のとおりであるが、それに加え、日韓地位協定が、昭和四一年一月十七日に発効したことにより、日本と韓国との間には、前記最高裁判決にいう「特別の条約」が存在することになり、日本は、在日韓国人に関する限り、受け入れるかどうか、また受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決定することができなくなったことは明らかである。

ウ 在日韓国人・朝鮮人のような日本に定住する外国人にとって、日本に在留することは生活全般に渡って前提となっており、万一、日本在留が認められなくなれば、家族も労働の場も、時として言語さえ失うことになり、人間らしく生きていく権利が奪われることになる。このような定住外国人についての在留期間更新の許否の判断において、他の外国人と同一の基準に基づく裁量権を行使することが不当であることは明白である。したがって、定住外国人である在日韓国人の在留期間更新許可申請は、入管法二四条に列挙された各事由に準ずる場合であって、申請のとおり許可すると日本の社会に混乱をもたらすことが具体的に認められる場合にのみ、期間の短縮若しくは不許可とすることができ、そうでない場合には、これを許可すべきものと解すべきである。

エ 以上のとおり、在日韓国人である原告の在留期間更新許可申請に対して、法務大臣に広範な裁量権があるとする被告らの主張は誤りであることが明らかである。

(3) しかして、本件処分は、次のとおり、被告法務大臣が右のような覊束裁量性を誤ってこれをした違法がある。

ア 一般に、在留期間更新許可申請があって、被告法務大臣においてこれを許可するか否かを判断する際には、法務大臣がこれを自由な裁量により決し得るとの立場に立って、在留資格該当性に係わる事情、すなわち、従来の在留資格に適合するかどうか、今後その安定性、継続性があるかどうかという点と、在留状況に係わる事情、すなわち、現在の生活状況とか素行、経歴、在留歴、家族・親族状況とかを総合判断して決定するとされている。そして、原告に対する本件処分も、これと同様の考慮の下に行われ、在留期間を一年とした理由は、原告に出入国管理行政上忌避すべき法律違反である指紋押捺拒否の事実があり、当時の指紋押捺拒否に関する社会状況からこれをマイナスに厳しく評価するとともに、原告が日本で生まれ育ち、家族も日本に適法に在留していることをプラスに評価し、一年間の在留状況、特に指紋押捺拒否運動への関わりをチェックする必要があったことによるとされているものであるが、その他に、指紋押捺拒否運動に積極的に関与してきた原告の在留期間を短縮することによって、右運動の鎮圧を意図していたことが窺えるものである。

イ しかしながら、本件処分は、原告の在留期間更新許可申請に対して、被告法務大臣が自由な裁量によりこれを決定できるという立場でされている点で、入管法二一条三項の覊束裁量性を逸脱している。

ウ 次に、本件処分は、考慮すべきでない事項を判断の基礎としてされた違法がある。

すなわち、第一に、本件処分は、原告が指紋押捺拒否をした事実を考慮してされたものであるが、指紋押捺制度が違憲であることは後述のとおりである。のみならず、原告の指紋押捺拒否行為は個人の良心に基づく行為であるから、これを考慮することは原告の良心に対する干渉となり、また、原告の指紋押捺拒否行為に対して刑の確定はもちろん、犯罪としての捜査さえも行われていない状況で、本件処分に当たってこれを考慮するのは、刑事処分の先取りであって行政処分としての範囲を逸脱しており、さらに、在留期間を一年として、原告の指紋押捺拒否運動に対する関わりをチェックするという点は、原告の政治的思想、信条を不利益な処分の事由とするものである。第二に、本件処分は、指紋押捺拒否運動の鎮圧を意図してされたものであるが、原告に対する在留期間更新許可処分に当たって、このような政治的意図が考慮されてはならないことは明白である。

エ 本件処分には、考慮すべき事項を考慮しなかった違法がある。

すなわち、第一に、本件処分は、1の(一)並びに2の(一)の(1)及び(二)の鄭泰俊及び原告が日本に在留するに至った経過、そして、その歴史的意味を全く考慮せずにされたものである。第二に、原告は、日本で生まれ、日本で成長し、その全生活の基盤を日本に置くにもかかわらず、その在留資格は、父である鄭泰俊のそれを全面的に受け継ぐ入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づくものとされ、それ自体不安定なものであるが、本件処分によって、従来の三年の在留期間が一年に短縮されることにより次のような重大な不利益を受けることになる。すなわち、まず、在留期間が短いことを理由に、就職に際して不利な地位に置かれたり、各種資金の融資を受けられなかったりするなど、未だ日本社会に根深い在日韓国人に対する差別意識に基づく差別的不利益取扱いがさらに強度となり、あるいは、再入国許可との関係で、一年を超える国外渡航が実質上不可能となるなど、実生活上様々な不利益を受ける。のみならず、今後も日本において、その社会との結びつきの中で将来の生活上及び職業上の計画を有する原告は、その前提たる在留資格が将来剥奪されるかも知れないという不安に曝されることとなり、このこと自体原告の生き方の否定につながるものであって、原告のごとき定住外国人にとっていわば退去強制に等しい重大な不利益であるが、さらに、本件処分が原告の指紋押捺拒否行為という政治的、思想的、人格的行為を理由とするものであること及び法文上はどのような事由によってどのような不利益が課されるのかが明らかでないことから、原告は、将来課されるかもしれない不利益を回避するために、本来自由であるべき思想、政治的理念を自ら規制しなければならず、このような事態が憲法上保障された原告の諸権利を侵害し、原告に重大な精神的負担及び不利益をもたらすことは明らかである。本件処分は、それが原告に及ぼす右のような不利益を全く顧慮せずに行われたものである。

3  指紋押捺拒否行為を理由とする本件処分の違法性

(一) 本件処分が、原告が外登法一四条(ただし、昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)に基づく指紋押捺を拒否していることの制裁としてされたものであることは1の(四)のとおりである。

(二) 指紋押捺制度の導入の経過、運用実態等

(1) 外登法の制定及び指紋押捺制度の導入の経過

ア 敗戦時に日本に在住した二〇〇万人以上の朝鮮人のうち、戦後の日本政府及び連合国最高司令官総司令部(以下「GHQ」という。)の帰還政策にもかかわらず、これに従わないで、あるいは、帰還したものの、2の(一)の(1)のような朝鮮半島の経済状態の下で生活ができず、再度日本に入国して、日本に在留することになった者は五〇万人以上に上り、このように多数の朝鮮人が日本に在留定着する傾向が明らかとなるにつれ、日本政府及びGHQは在日朝鮮人に対する取締り姿勢を強化していったが、このような中で昭和二二年に外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号、以下「外登令」という。)が公布施行された。外登令は、外国人の在留管理に関する戦後初めての法令であり、出入国管理の規定をも併せ持つもので、入国外国人に対する一般法であるかのような体裁をとっているが、台湾人のうち法務総裁の定めるもの及び朝鮮人に対し、これを同令の適用については当分の間外国人とみなす旨の規定を置くとともに、外国人登録を強制しており、その結果、当時日本国籍を有していた在日朝鮮人は、一方では食料配給、課税等の分野においては日本国民と同一の地位に置かれ、他方では外国人とみなされて外登令の取締り管理の対象とされたのである。そして、外登令の制定経過、日本国籍を有する在日朝鮮人・台湾人をあえてその対象としたこと及び当時の在日外国人の数は在日朝鮮人・台湾人の数に比較して微々たるものであったことを考慮すれば、外登令が在日朝鮮人・台湾人の治安管理のために制定されたことは明らかである。なお、外登令による在日朝鮮人の一斉登録は、朝鮮人諸団体の反対により登録期間を延長しながら昭和二四年八月から九月にかけて強行実施された。

イ その後、昭和二四年に、不法入国、不正登録又は登録証明書不携帯に関する罰則を強化又は新設するとともに、登録証明書に有効期間を設け、期間経過に伴って切り替える制度の導入等を主な改正点とする外登令の改正がおこなわれ、右改正令に従って、昭和二五年二月、昭和二七年一〇月、昭和二九年一〇月に一斉登録切替(ほぼ同時期に登録した多数の在日韓国人・朝鮮人等の登録証明書の有効期間が同時期に経過するためにこれらの者の登録の切替が一時に集中することをいう。)が行われた。

ウ 昭和二七年四月二八日の日本国との平和条約の発効により、外登令が廃止されると同時に、外登法が公布施行されたが、四三八号通達によって、同条約により日本国籍を喪失するとされた在日韓国人・朝鮮人・台湾人は、その時点で、在日外国人の九四パーセント余を占め、外登法が主として在日韓国人・朝鮮人を管理取締りの対象とすることに変わりはなかった。しかして、右外登法により、指紋押捺制度が新設された(但し、指紋押捺義務を定めた同法一四条及び指紋不押捺罪を定めた一八条一項八号の施行は昭和三〇年四月二七日)が、指紋押捺制度が何のために導入され、また、押捺された指紋がどのように管理保管されるかは、同法自体からは明らかではなかったのみならず、その後の昭和三三年法律第三号による同法の改正までは、登録又は登録の書換え等の申請の際に指紋の押捺をするものとされていたのが、右改正後は、交付又は書き換えて返還を受ける登録証明書の受領と同時に指紋押捺をするものとされ、ここにおいて、指紋の押捺は、登録証明書作成交付の要件でさえもなくなり、外国人登録の事務から切り離されて、外登法の他の手続とは無関係に指紋を収集する制度となった。

以上のことからも窺われるように、指紋押捺制度は、外国人登録手続における手続的必然性を有さず、専ら、在日韓国人・朝鮮人の治安取締りの観点から発想され、後述するとおり、公安警察による在日韓国人・朝鮮人の情報収集のためにのみ、その目的及び機能を有するものであって、今日、何ら合理的な立法事実を有しないものである。

(2) 本件処分当時の指紋押捺制度の運用実態

本件処分当時施行されていた昭和六二年法律第一〇二号による改正前の外登法一四条に基づく、指紋押捺制度の運用は次のとおりであった。

ア 外登法に基づく外国人登録事務は、法務省を主務官庁とする国の事務であるが、個々の外国人の登録の申請の受理、登録証明書の交付、指紋の採取の事務等は、機関委任により市区町村長の事務とされ、現実には各市区町村の担当者が外登法、同法施行規則、外国人登録法の指紋に関する政令、外国人指紋押捺規則等の法令とともに、法務省入国管理局長通達による取扱要領(以下「取扱要領」という。)に基づいて取り扱っているところ、外登法一一条(ただし、昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)の確認申請手続(登録証明書の切換交付手続)を例にとれば、市区町村の担当者は、出頭した申請書の提出する登録証明書及び市区町村に保管されている登録原票にそれぞれ貼付されている写真と申請者が新たに提出する写真及び申請者自身の顔とを見比べ、あるいは、登録原票、登録証明書及び申請書の各記載を検討することにより、登録原票にされた者と申請者とが同一人であること及び新たに提出を受けた写真が当該申請者の写真であることを確認して、新しい登録証明書を作成し、その交付に際して、登録原票及び新しい証明書の各所定欄に左手ひとさし指の指紋の押捺を求めていたのであり、右取扱いは、取扱要領が、申請の受理に際して写真などにより本人であることを確認しなければならない、としていたこと、外登法一四条五項(ただし、昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)が、指紋は申請に伴って交付される登録証明書の受領と同時に押す、と定め、また、取扱要領が、申請受理後、登録証明書を交付するときに、原票、登録証明書及び指紋原紙の所定欄に、左手ひとさし指の指紋を押捺させなければならない、としていたことと符合していたものである(なお、後述のとおり、指紋原紙への押捺は省略されていた。)。このように、市区町村の担当者は、写真によって申請者の同一人性を確認していたのであり、新しい登録証明書を交付する段階で始めて押捺するものとされていた指紋は、右手続において、申請者の同一人性確認の手段として使用されていなかった。そのために、市区町村の担当者に対し指紋照合の知識技術を習得させるための研修等も実施されておらず、指紋照合のための物的設備等も市区町村の窓口には全く存しない。

イ 外登法一四条一項(ただし、昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)、外国人指紋押捺規則六条(ただし、昭和六三年法務省令第八号による改正前のもの)によれば、同法一一条(ただし、昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)の確認申請手続の際にも、申請者は指紋原紙に指紋を押捺することを要し、右指紋原紙は、法務省当局に送付されることとされていた。しかしながら、法務省当局は、昭和四五年に指紋原紙により送付された指紋の換値分類体制を廃止し、さらに、昭和四九年八月一日以降は、新規登録の際に指紋を押捺したことがある場合には、指紋原紙への指紋押捺は省略することとし(昭和四九年四月二三日付け法務省管登第三三六一号通達)、確認申請手続の際に指紋の押捺がされた指紋原紙が法務省当局に送付されることもなくなったので、法務省当局において右手続の前後の指紋原紙の指紋を照合することにより確認申請者の同一人性を確認することは不可能となった。指紋原紙の法務省送付は、昭和五七年に突如再開されたが、右の中断期間の存在及びこの間の昭和五五年及び右中断期間後の昭和六〇年にそれぞれ一斉登録切替期が到来したことにより、事実上、昭和四九年から昭和六〇年まで指紋照合不可能の期間が存在しており、さらに、換値分類制度は廃止されたままなのであるから、法務省当局においても、指紋照合の体制は整っていなかったものといわざるを得ない。

ウ 他方、取扱要領によれば、市区町村長は、司法警察職員等の公務員から法令の規定に基づき登録原票の閲覧請求、原票の写しの交付請求その他登録事項の照会があった場合にはこれに応じるものとされている。

そもそも、指紋による個人識別法は、犯罪捜査の手段として研究開発されてきたものであり、世界各国で犯人の特定や前科前歴の発見等に一般的に利用されているなど、指紋と犯罪捜査との間に密接な関係があることは広く認識されている。また、指紋押捺制度の制定経過において、犬養健国務大臣は、昭和二八年五月二八日の参議院法務委員会で、指紋の採取が治安上の理由によるものである旨を率直に述べ、また、警視庁の古屋亨刑事部長は、昭和二六年五月二五日の衆議院行政監察特別委員会で、警察側としては、犯罪の防止その他で指紋採取が制度化されることが必要であるという意見であることを述べており、指紋押捺制度が専ら公安警察による在日韓国人・朝鮮人等の情報収集の目的及び機能を有することは明らかである。

(3) 外国人登録行政上の指紋押捺制度の無意義性

右(1)のイの昭和二五年の一斉登録切替時には約五万人の、昭和二七年の一斉登録切替時には約三万人の登録人員の減少が見られ、法務省当局は、右の登録人員の減少を二重登録等の不正登録の減少と分析しているところ、右不正登録の減少は、登録切替制度導入の成果とは評価し得ても、昭和三〇年に導入された指紋押捺制度との有意的関連性は見い出し難い。そして、その後の昭和二九年の一斉登録切替時には登録人員の減少はほとんどみられず、また、指紋押捺制度導入後に発見された不正登録者の数は僅少であり、ことに最近は皆無に近い上、その発覚が指紋の照合によったものであるかどうかは明らかではなく、不正登録者の発見と指紋押捺制度との間に関連性が存在するものでもない((2)のイのとおり、昭和四九年から昭和六〇年までは、法務省当局において指紋の照合をすることが不可能であった。)。

なお、最近において、不法入国者及び不法残留者等が増加する傾向があるとしても、その大半は、短期在留の外国人労働者であって、直接には指紋押捺制度の対象者でないと考えられるから、右不法入国者等の増加と指紋押捺制度の存在意義との関連性は認められない。

このように、外国人登録行政において、指紋押捺制度が具体的にどのような意義を有し、どのような役割を担っているのかは全く明らかではないのみならず、仮に、不正登録者の発見と指紋押捺制度との間に何らかの関連性があったとしても、ごく僅少の不正登録者を発見するために、約六一万人にも及ぶ在留外国人(しかも、その大部分は定住外国人である。)に指紋の押捺を強制するのはいかにも不合理である。

(4) 諸外国の指紋押捺制度の状況

法務省当局が、昭和五九年一月までに五〇か国について調査した結果によると、アメリカ、スペイン、ポルトガル、韓国、メキシコ、ペルー、ホンジュラス、ニカラグア、ヴェネズエラ、エクアドル、パラグアイ、ウルグアイ、コスタリカ、ドミニカ、フィリピン、タイ、香港、インドネシア、マレーシア、ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビア、ビルマの二四か国が外国人に対して指紋押捺義務を課し、また、イギリス、フランス、西ドイツ等九か国が部分的に指紋押捺義務を課しているとされている。

しかしながら、まず、右の指紋押捺義務を課しているとされる二四か国のうち、いわゆる先進国はアメリカのみであり、人権意識が比較的発達している先進国において指紋押捺制度がいかに例外的なものであるかは明らかである。また、右二四か国のうち、スペイン、ポルトガル、韓国、メキシコ、ホンジュラス、ヴェネズエラ、パラグアイ、コスタリカ、香港、インドネシア、マレーシア、アルゼンチン、チリ、コロンビア、ビルマの一五か国は、自国民に対しても、旅券又は身分証明書に指紋の押捺を義務付けているのであって、その当否はともかく、外国人に対し自国民に対すると同じ取扱いをしているのであるから、日本とは事情が異なる。さらに、右二四か国のうち、アメリカ、メキシコ、ペルー、ホンジュラス、ニカラグア、ヴェネズエラ、エクアドル、パラグアイ、ウルグアイ、コスタリカ、ドミニカ、フィリピン、タイ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビアの一七か国は、国籍について出生地主義を採用しているのであるから、その国で出生し、定住を続ける者に対しては外国人登録制度は適用されず、指紋押捺を強制される外国人の多数が在日韓国人・朝鮮人であり、かつ、その大半が日本で生まれ育った者であるという事情を抱える日本とは異なるものである。

なお、右の部分的に指紋押捺義務を課しているとされている九か国は、識別可能な署名のできない場合(イギリスの例)、有効な旅券を所持せずに入国した場合(フランスの例)、あるいは、強制的な鑑識調査として身分又は国籍に関して疑いのある場合(西ドイツの例)等、それぞれ特異な場合にのみ指紋押捺を義務付けるものである。

そうすると、外国人のみに指紋押捺を義務付け、かつ、その外国人の大半が定住外国人であるという事情を有するのは、ひとり日本だけであり、日本の指紋押捺制度が、国際比較からも特異な制度であることが明白である。

(5) 指紋押捺制度による不利益

指紋は、個人識別の最有効手段とされ、個人についての様々な情報のうち最も価値の高いプライバシーの一種であり、さらに、(2)のウのとおり、指紋と犯罪捜査との間には密接な関係があるから、犯罪捜査と人権との関係に徴しても、指紋は自ら管理すべき重要な情報であって、現に、刑事手続関係諸法令においては、指紋採取について厳格な取扱いがされている。それなのに、外国人であるというだけで、右のような意識を有する指紋が、国家によってみだりに採取、管理されることになれば、個人は、自己の生活が国家によって管理されているという意識を常に植え付けられ、その私生活の平穏は危殆に瀕するといわざるを得ない。また、このような指紋採取の受忍を外国人にのみ義務付けることは、外国人に強い屈辱感と差別感とを与えるものであり、このことは、とりわけ原告のように周囲の日本人と同様に生まれ育ってきた者にとっては、ひとしおである。

(三) 指紋押捺制度の違憲性、違法性及び本件処分の違憲性、違法性

(1) 右(二)のとおり、指紋押捺制度は、在留外国人の同一人性の確認及び身分関係の特定という目的のためには、そのために指紋押捺制度を必要とするような立法事実が存在せず、かつ、制度の運用実態に照らしても、関係諸機関において、右のような目的に合致するような体制がとられておらず、また、これに合致するような運用もされていない。指紋押捺制度は、在日韓国人・朝鮮人を対象とした治安管理という不合理かつ差別的な意図をもって導入されたものであり、その後においても、公安警察による在日韓国人・朝鮮人に対する情報収集、捜査のためにのみ、その目的及び機能を有し、これがため、現在に至るまで、維持、運用されてきたものである。他方、指紋押捺制度は、その対象とされる外国人に著しい精神的苦痛と不利益とを与えるものであり、仮にこれが在留外国人の同一人性の確認及び身分関係の特定という立法目的を有するものであるとしても、その立法目的を達成するために必要最低限の人権に対する制約であるとは到底いい得ない。また、国際比較からも、日本の指紋押捺制度は特異かつ不合理である。

(2) 右のとおりであるから、指紋押捺制度は、個人の尊厳を著しく侵害するもので憲法一三条に違反し、また、国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」に該当するものであるから、同条にも違反するものであり、さらに、在日韓国人・朝鮮人その他の在留外国人を、何らの合理的な理由なく、不当に日本国民と差別して取り扱うものであるから、憲法一四条一項及び国際人権規約B規約二六条に違反するものでもある。

(3) したがって、原告が外登法一四条(ただし、昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)に基づく指紋押捺を拒否していることの制裁として、原告の在留期間を短縮した本件処分も、また、違憲、違法であるというべきである。

4  その他の理由による本件処分の違法性

(一) 憲法一四条一項違反

(1) 協定永住者との差別

被告法務大臣は、協定永住者であって、指紋押捺を拒否している者に対しては、刑事事件としてこれを起訴することはあっても、指紋押捺拒否を理由にその者の在留資格を不利益に変更することはしていない。

しかして、協定永住者に該当するか否かは、昭和二〇年八月一五日以前から引き続いて日本に居住していたか、一時帰国した事実があったか等、些細な事情によって決定されるものであり、戦前から日本に居住し、強制徴兵により一時帰国した事実はあるものの、日本に定住してきた鄭泰俊の子で、出生以来日本に居住し、将来も居住する意思を有する原告を協定永住者である韓国人と区別すべき合理的理由は何ら存在しない。したがって、被告法務大臣が、原告の指紋押捺拒否を理由として、原告に対し在留期間を短縮する本件処分をしたことは、原告を協定永住者たる在日韓国人に比して不当に差別するものであり、憲法一四条一項に違反するものである。

(2) 他の指紋押捺拒否者との差別

原告と同様に、在留期間を限られて日本に居住する者で、過去に指紋押捺を拒否した者の中には、指紋押捺拒否の事実を、在留期間更新時の在留期間の決定に際して全く不利益に考慮されていない者が多数存在する。したがって、被告法務大臣は、指紋の押捺を拒否している外国人に対し、在留期間更新制度を恣意的に運用することによって、原告を不当に差別しているものであり、本件処分は、憲法一四条一項に違反するものである。

(二) 憲法一三条、二五条違反

(1) 憲法一三条の保障する個人の尊重、幸福追及の権利は、近代憲法の基本原理である個人主義、個人の尊厳から派生するものであって、日本国民であると否とを問わず、保障されるべき人権である。

また、憲法二五条の保障する生存権は、その社会権的側面が外国人に対しても保障されるかどうかについて議論が存するものの、その自由権的側面、すなわち、国家、行政の諸施策により生存を脅かされないよう求める権利は、個人の存立を確保するための最低限の権利であり、かつ、その保障のために国の積極的な施策を必要としないから、日本国民と同様、外国人もこれを享受するものというべきである。

(2) しかして、本件処分は、2の(三)の(3)のエのとおり、原告がこれまで抱いてきた日本での永住の確信に動揺を与え、原告に、いつ在留期間更新を不許可とされるか解らないという不安を植え付けて、原告の指紋押捺拒否の確信を翻意させようと意図するものであるから、原告の幸福追及及び生存の前提たる在留に対する重大な侵害であり、他方、原告の指紋押捺拒否行為により害されるべき公共の福祉は考えられず、また、指紋押捺拒否行為に対し、刑事処分の外に、法令上明確な判断基準がない在留期間更新許可の制度を利用して更に制裁を加えることは、その必要性・合理性が乏しく、公共の福祉にかなう措置とは考え難いから、本件処分は、憲法一三条、二五条に違反するものである。

(三) 憲法三一条違反

在日外国人の生活に直接かつ重大な影響を及ぼす入国管理行政については、憲法三一条の規定する適正手続の保障の趣旨が厳格に適用されなければならず、そのために、被告法務大臣は、本件処分のような不利益処分をするに当たっては、事前に処分の具体的理由及びその判断基準並びにその判断の根拠となるべき手持資料を被処分者に開示し、かつ、被処分者に弁解、反論の機会を実質的に与えた後でなければ、処分をすることができないというべきである。

しかるに、被告法務大臣は、本件処分をするに当たって、原告に対し、事前に、在留期間を短縮する具体的理由及びその判断基準並びに判断の基礎となった手持資料を一切開示せず、原告に被告法務大臣の判断の誤りを指摘して反論する機会を全く与えなかった。したがって、本件処分は、憲法三一条に違反するものである。

(四) 指紋押捺拒否行為の法違反性の消滅

昭和六二年法律第一〇二号による外登法一四条の改正(昭和六三年六月一日施行)により、従来は確認申請や登録証明書の再交付申請の度に義務付けられていた指紋の押捺が、原則として新規登録申請の際に一回押捺すれば足りることとされるに至ったところ、原告のした指紋押捺拒否行為は、これが右改正後に行われたとすれば、何の法違反性をも問われる行為ではない登録証明書の再交付申請の際のものである。

また、右改正前における原告の指紋押捺拒否行為は、改正後といえども、なお、刑罰適用の対象とされていたが(昭和六二年法律第一〇二号附則五項)、右刑事責任も、昭和六四年の昭和天皇死去に伴う大赦令の発令によって免ぜられるに至った。

このように、指紋押捺制度の改正及び大赦による刑事免責によって、法違反の内実を失った原告の指紋押捺拒否行為は、もはや、原告に対する不利益処分の根拠とはなり得ないものである。

5  本件処分による原告の損害

(一) 本件処分は、被告国の公権力の行使に当たる公務員である被告法務大臣がその職務を行うについてした行為である。

(二) 原告は、被告法務大臣の故意又は過失による違法な本件処分により、2の(三)の(3)のエのような不利益を受け、また、本件処分に係る一年の在留期間を経過した後は在留資格を失い、不法在留の状態にあって、甚大な精神的苦痛を被ったところ、この損害を金銭で評価すれば一〇〇万円を下るものではない。

6  本件訴訟の適法性

(一) 本件処分の取消しの訴えの法律上の利益

(1) 原告のごとき立場にある在日韓国人による在留期間を三年とする在留期間更新許可申請に対しては、必要的、覊束的に申請のとおり許可が与えられなければならないことは、2の(二)及び(三)のとおりであり、原告は、本件申請に対してその申請のとおりの許可処分を求め得る地位にあって、本件処分は、右地位に基づく原告の利益を侵害するものである。

(2) 入管法二一条一項、二項は日本に在留する外国人に対し、その在留期間更新の申請を認めているところ、同法施行規則二一条一項、別記三〇号様式(ただし、昭和六三年法務省令第六号による改正前のもの)によれば、右の申請は、新たに希望する在留期間を明示して行うことを要するとされており、また、在留期間更新許可申請をする外国人にとっては単に在留期間の更新が認められれば足りるものではなく、何年間在留することができるかが重大な関心事であるから、在留期間は右申請の不可欠の要素として申請権の内容をなすものである。したがって、本件処分は、在留期間を三年とする本件申請に対して、在留期間二年につきこれを拒否したものであり、法令に基づく原告の申請に対して不利益な法的効果を及ぼす拒否処分である。

(3) 本件処分は、原告に一年間の在留を許可する反面、機能的にみれば、原告に対し一年を超えて在留してはならないという権力的規制を加えるものであることは明らかであり、命令強制の要素と表裏一体である。

(4) 右のとおり、本件処分は原告の法的利益を規制、侵害するものであるから、原告が本件処分の取消しを求める訴えの法律上の利益を有することは明らかである。

(二) 在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴えの法律上の利益

(1) 抗告訴訟としての義務付け訴訟は、行政庁の作為、不作為の義務が法律上一義的に明瞭で、もはや行政庁の第一次判断権を留保する必要性の認められない場合であって、行政庁の作為又は不作為により国民に重大な損害ないし危険が切迫しており、かつ、他に救済を求める適切な方法がない場合に認められるものと解すべきである。

しかして、既に述べたとおり、被告法務大臣は、原告の本件申請に対して、覊束的に在留期間を三年とする在留期間更新許可処分をすべきことが法律上明白であり、もはや被告法務大臣の第一次判断権を留保する必要はなく、かつ、本件の判断によって本件処分が取り消されるに際し、在留期間を三年とする在留期間更新許可処分がされなければ、原告の日本での在留は不適法のものとなってその生活が直ちに危殆に瀕することになり、しかも原告を右損害から救済するためには、本件処分の取消しに加えて在留期間を三年とする在留期間更新許可処分がされる必要があるのであるから、原告には、右処分を求める訴えの法律上の利益が存するものである。

(2) 仮に、本件申請に対する被告法務大臣の処分が覊束的であるとまではいえず、裁量の余地が残されているとしても、行政庁の第一次判断権は絶対不可侵なものではなく、直ちに義務付け訴訟が違法となるものと解すべきではない。

すなわち、行政庁が違憲、違法な動機、目的に基づき、考慮すべきでない事情を考慮して裁量判断をした場合には、もはや行政庁に第一次判断権を委ねた所以である行政庁の責任体制が保たれていないのであるから、その裁量権の適正な行使は期待できず、被処分者の救済のためには、裁判所において、単に行政庁の原処分を取り消して新たな処分を期待するだけでなく、行政庁の裁量判断における違憲、違法な動機、目的を排除して、自ら適正な裁量権行使をしなければならない責務を有するものと解すべきである。

しかして、本件処分は、指紋押捺制度という違憲の制度に対する反対運動を圧殺し若しくは右制度に反対するものを威嚇するという政治目的のために、原告が右制度に違反したことを捉え、これを性格の全く異なる在留期間更新許可の判断においてことさら不利益に考慮したというものであって、まさに、行政庁の裁量判断が違憲、違法な動機、目的に基づいて処分がされた場合に該当するものであるから、義務付け訴訟が許容される場合に当たるものである。

(三) 損害賠償請求の訴えの適法性

(1) 原告の被告国に対する損害賠償請求の訴えは、行政事件訴訟法一六条一項に基づき、被告法務大臣に対する本件処分取消しの訴えの関連請求に係る訴えとして併合提起されたものであるが、(一)のとおり、本件処分取消しの訴えが適法であるから、損害賠償請求の訴えも適法であることは明らかである。

(2) 仮に、本件処分取消しの訴えが不適法であるとしても、関連請求に係る訴えが独立に訴訟要件を備えているのであれば、右訴えは適法である。

すなわち、行政事件訴訟法一六条一項が関連請求に係る訴えについて取消訴訟との併合を認めた趣旨は、審理の重複を避けて訴訟経済を図り、判断の抵触を避けるとともに、関連性のない訴えがむやみに併合されると逆に訴訟経済に悖る結果となることから併合の許される訴えを関連請求に係るものに限定したことにあるが、同項は単に併合要件を定めたにすぎない規定であって、取消訴訟が不適法である場合の関連請求に係る訴えの取扱いまで定めたものではない。そして、訴えの適法性は実体判決の要件ではあっても実体審理の要件とはされていないから、裁判所が、訴えの適法性とは別に、あるいは適法性判断の資料を得るために実体審理に入ることは何ら妨げられるものではない上、取消訴訟における適法性判断は微妙なものであることが多く、裁判所が適法性の審理と並行して実体審理を行うことも少なくないのであるから、関連請求に係る訴えが併合された取消訴訟が結果的に不適法であったとしても、取消訴訟を審理する裁判所が関連訴訟に係る訴えを独立した訴えとして審理判決することが、訴訟経済、判断の統一を害することにはならないのである。したがって、取消訴訟が不適法である場合にも、関連請求に係る訴えが、独立の訴えとしての訴訟要件を具備する以上、これが不適法な訴えとされるいわれは何ら存在しない。

しかして、原告の被告国に対する本件損害賠償請求の訴えが独立の訴えとしての訴訟要件を具備していることは明らかであるから、右訴えは、いずれにせよ、適法である。

7  結論

よって、原告は、被告法務大臣に対する関係で、本件処分の取消し及び在留期間を三年とする在留期間更新許可処分をすることを求めるとともに、被告国との関係で、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として金一〇〇万円を支払うことを求める。

二  被告らの本案前の主張

1  被告法務大臣の主張

(一) 本件処分の取消しを求める訴えについて

(1) 処分の取消しを求める訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる(行政事件訴訟法九条)。すなわち、処分の取消しの訴えの原告適格を有する者は、当該処分の法的効果として、自己の権利若しくは法律上保護された利益(当該行政処分の根拠法規によって個別具体的に保護された利益)を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られ、かつ、処分の取消しの訴えについていわゆる狭義の訴えの利益を有するというためには、取消判決によって、右の権利利益が回復されるべき状態にあることが必要である。

(2) 原告は、本件処分によって侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある権利若しくは法律上保護された利益を有しない。

ア 原告は、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で日本に在留し、その在留期間が経過するために、同法二一条一項に基づいて在留期間更新許可申請をしたものであるところ、本件処分は、原告に対し右の在留資格で、一年間の在留を許可した処分であるから、本件処分によって原告の権利若しくは法律上保護された利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるというためには、原告が一年を超える期間(原告の主張によれば引き続き三年間)日本に在留することが、原告の権利として認められ、あるいは、本件処分の根拠法規である入管法上個別具体的に保護された利益として認められていることが必要である。

しかしながら、外国人の入国及び在留の許否は、専ら当該国家の裁量によって決定し得るのであって、国家は、特別の条約のない限りは、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、受け入れる場合にも、どのような条件を付するかを自由に決定できるというのが国際法上の原則である。そして、憲法二二条一項も、外国人が日本に入国することについては何ら規定していないのであるから、憲法上、外国人が日本に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続いて在留することを要求し得る権利を保障されているものではない(最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)。入管法二一条も、憲法の右規定を受けて、外国人が日本に在留することができるのは一定の在留期間に限られ、在留期間が経過したときは当然に在留資格を失うことを前提として、その延長の必要が生じた場合には期間の更新の申請をすることができるものとしており、かつ、この場合でも、同条は、その更新申請に対しては、法務大臣が在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り更新を許可する建前をとっていて、在留目的等に照らして合理的な期間内は在留期間の更新を受けることを保障し、あるいは入管法五条の上陸拒否事由若しくは同法二四条の退去強制事由に該当しない限り当然に更新の許可を受けられるという建前をとっているものではない。したがって、入管法その他の法令上、従前の在留許可に基づく在留期間が経過したため在留期間更新許可申請をした外国人に対し、引き続いて一定期間在留することを権利として認め、あるいは個別具体的に保護された利益として認めたと解すべき根拠は、何ら存在しない。

イ なお、右の点に関連し、原告は、原告のごとき立場にある在日韓国人からの在留期間を三年とする在留期間更新許可申請に対しては、被告法務大臣は、必要的、覊束的に申請のとおりの許可を与えなければならないと主張し、右許可処分についての被告法務大臣の裁量権を否定する。

しかしながら、アのとおり、法令上、在留期間の経過した外国人が引き続いて一定期間在留することを権利として認め、あるいは個別具体的に保護された利益として認めたと解すべき根拠は存在せず、逆に、入管法二一条三項が更新の事由を「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるとき」と、極めて概括的に定めていることのほか、外国人に対する出入国管理の制度は、国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持を目的として行われるものであるところ、右の国益の保持の判断をするに当たっては、申請者の申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢などの諸般の事情を斟酌し、時宜に応じた的確な判断をしなければならないが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う被告法務大臣の裁量に委ねるのでなければ到底適切な結果を期待することができないことなどを考え併せれば、在留期間更新許可処分における被告法務大臣の裁量権は極めて広いというべきであって、右の裁量権を認めない原告の主張は失当である。

(3) また、本件処分の法的効果として原告の権利利益の侵害が継続し、本件処分の取消しを求めなければその回復が図れないという状態は存在しない。

すなわち、本件処分は、原告に対し入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格による一年間の在留期間の更新を許可するというものであって、その法的効果は、原告に一年間の在留の資格を付与するというものであり、かつ、これに尽きるもので、いわば受益処分というべきものであって、原告に何らの不利益をも与えるものではない。

原告は、本件処分によって、就職や各種資金の融資を受けるに際しての不利益取扱いや一年を超える国外渡航の実質的不能などの実生活上の不利益を受け、あるいは、将来原告の在留資格が剥奪されるかもしれないという不安などの精神的不利益を受ける旨主張するが、これらの不利益は、その発生自体が不確定であるのみならず、仮にそれが生ずるとしても、単に本件処分からもたらされる間接的な事実上の不利益にすぎないものであるか、又は主張の精神的不利益のごとく原告が指紋押捺拒否という違法行為をしたという、本件処分とは別個の事実に由来するもので、いずれにしても、本件処分の法的効果として当然かつ直接的に招来されるものではなく、したがって、本件処分を取り消したからといって、そのことにより回復が図られるという関係にはないのである。

(4) 以上のとおり、原告は、本件処分取消しの訴えにつき、処分の取消しを求める法律上の利益を有する者に該当しないから、右訴えは不適法である。

(二) 在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴えについて

(1) 本件の在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴えは、裁判所に対し、行政庁に一定の行政処分をすることを義務付けることを求めるいわゆる義務付け訴訟である。

いわゆる義務付け訴訟が三権分立制度との関係上、許容されるものであるかどうか、許容されるとしても、どのような要件の下で許されるかについては、議論の存するところではあるが、一般的には、行政庁の第一次判断権を害しないような場合、すなわち、行政庁が当該行政処分をすべきこと(又はすべからざること)が法律上覊束されていて、行政庁の自由裁量の余地が全く残されていないために第一次判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要でないと認められる場合であることのほか、事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であり、しかも、他に適切な救済の手段がないことを必要とすると解されているところである。

(2) しかして、原告が求める在留期間更新許可処分について、行政庁である被告法務大臣に広範な裁量権があることは(一)の(2)のイのとおりであり、被告法務大臣に自由裁量の余地が全く残されていないとは到底認められないのであって、本件が行政庁の第一次判断権を害しないような場合に当たらないことは明らかである。また、右訴えがその余の要件を欠いていることも明白である。

したがって、本件の在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴えは不適法である。

2  被告国の主張(損害賠償請求の訴えについて)

(一) 本件の被告国に対する損害賠償請求の訴えは、行政事件訴訟法一六条一項に基づき、被告法務大臣に対する本件処分取消しの訴えの関連請求に係る訴えとして併合提起されたものである。

しかして、行政事件訴訟法一六条一項が、取消訴訟と関連請求に係る訴えとの併合を許した趣旨は、これによって、審理の重複を避け、かつ、裁判所の判断の矛盾抵触を防止することにあるところ、かかる趣旨からすれば、一般に、取消訴訟が不適法である場合には、取消訴訟について実体的審理・判断に入るべきではないのであるから、審理の重複と判断の矛盾抵触を防止する意味はなく、したがって、取消訴訟が適法であって、これについて実体審理・判断がされる場合に始めて併合審理の意味があるものというべきである。また、本件のように、取消訴訟に関連請求に係る訴えとして損害賠償請求の訴えが併合された場合において、取消訴訟が不適法である場合にも損害賠償請求についてだけ審理を続行するとすれば、そのためにだけ、民事訴訟とは異種の行政事件訴訟の訴訟手続を利用することを許すことになって、明らかに不合理である。したがって、取消訴訟の関連請求に係る訴えとして損害賠償請求の訴えを併合して提起するためには、取消訴訟が適法であることを要件とするものと解すべきである。

(二) しかるところ、本件において、本件処分取消しの訴えが不適法であることは、1の(一)のとおりであるから、これに併合して提起された本件の損害賠償請求の訴えも不適法である。

三  被告らの本案前の主張に対する原告の認否

1(一)  被告らの本案前の主張1の(一)のうち、(2)のアのうちの、原告が入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で日本に在留し、その在留期間が経過するために、同法二一条一項に基づいて在留期間更新許可申請をしたものであることは認め、その余は争う。

(二)  同(二)のうち、(1)のうちの、本件の在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴えが義務付け訴訟であることは認め、その余は争う。

2  同2のうち、(一)のうちの、本件の被告国に対する損害賠償請求の訴えが行政事件訴訟法一六条一項に基づき被告法務大臣に対する本件処分取消しの訴えの関連請求に係る訴えとして併合提起されたものであることは認め、その余は争う。

四  原告の請求の原因に対する被告らの認否

1(一)(1) 請求の原因1の(一)の(1)のうち、原告の父鄭泰俊が大正一四年に韓国に生まれ、昭和二年にその父とともに来日したが、昭和一九年に朝鮮半島で徴兵されて日本軍の兵役につき、また、同年原告の母朴相出と婚姻し、日本の敗戦後出身地に帰ったが、昭和二三年二月、妻子を残して再度日本に入国したことは認め、その余は不知。なお、鄭泰俊の再来日は、外登令一一条、三条に違反する不法入国である。

(2) 同(2)のうち、朴相出の生年は否認し、その余は認める。同人の生年は大正三年である。また、朴相出は、入管令三条に違反して日本に不法入国したものである。

(3) 同(3)のうち、原告が現在学習参考書のフリー編集者として稼働していることは不知。その余は認める。

(二) 同(二)のうち、原告の従前の在留期間更新手続において、形式的審査のみで更新が許可されてきたことは否認し、その余は認める。

(三) 同(三)のうち、原告が主張の外国人登録証明書の再交付申請の際、指紋押捺を拒否したことは認め、指紋押捺制度が違憲であることは争い、その余は不知。

(四) 同(四)のうち、本件処分が原告の在留期間を三年から一年に短縮したものであること及び古渡資格審査課課長補佐が原告の指紋押捺拒否に対する制裁として在留期間の短縮をしたものである旨明らかにしたことは否認し、原告が本件申請をした理由は不知。その余は認める。従前の在留期間更新許可処分に基づく原告の在留の資格は、その期間経過とともに当然失われるものであるところ、本件処分は、従前と同一の在留資格による一年間の在留期間更新を許可したものであり、既に許可されていた三年間の在留期間を中途で一年に変更したものではないから、在留期間を短縮する処分というのは当たらない。

2(一) 同2の(一)は争う。

(二) 同(二)のうち、一二六―二―六該当者及び四―一―一六―二該当者の存在及び衆議院法務委員会の外国人の出入国に関する小委員会において、主張の決議、発言があったことは認め、その余は争う。

(三)(1) 同(三)の(1)のうち、協定永住者及び特例永住者の存在は認め、その余は争う。

(2) 同(2)は争う。

(3) 同(3)は争う。

3 同3ないし7は争う。

五  被告らの反論

1  裁量権の逸脱に関する主張に対する反論

(一) 在留期間更新許可処分における被告法務大臣の裁量が極めて広範なものであることは二(被告らの本案前の主張)の1の(一)の(2)のイのとおりであり、したがって、本件処分に裁量権の逸脱、濫用があるとして、これが違法であるとされるためには、被告法務大臣の判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により、右判断が全く事実の基礎を欠く場合であるか、又は、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、右判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られると解すべきである。

(二) ところで、原告は、一(請求の原因)の1の(三)のとおり、外登法一四条(昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)に基づく指紋の押捺を意図的かつ公然と拒否し、その後、本件処分に至るまで、その違法状態を継続していたものであって、出入国管理行政に責任を負う被告法務大臣としては、右事実を看過し難く、厳しく評価せざるを得ないものであるが、原告の在日歴、在留状況等をも総合考慮し、被告法務大臣に付与された裁量権に基づいて在留期間を一年とする在留期間更新許可処分である本件処分をしたものである。しかして、本件処分の基礎とされた重要な事実である原告の指紋押捺拒否行為については原告の自認するところであるから、事実誤認でないことは明らかであり、また、指紋押捺制度が憲法及び国際人権規約B規約に違反しないこと並びに出入国管理行政における同制度の重要性も後述のとおりであって、原告の指紋押捺拒否行為に対する被告法務大臣の評価、さらには、右行為に前記のその他の諸事情を総合考慮して行った判断が明白に合理性を欠くとは到底いい得ないものである。

(三) したがって、本件処分をするについて、被告法務大臣に裁量権の逸脱がないことは明らかである。

2  指紋押捺制度及びその違憲性に関する主張に対する反論

(一) 外国人登録制度及び指紋押捺制度の沿革

(1) 戦後の外国人登録制度は、昭和二二年に公布施行された外登令に基づき、在留外国人(外登令の適用については台湾人のうち法務総裁の定めるもの及び朝鮮人は外国人とみなすこととされていた。)に対し登録を実施したことに始まり、昭和二四年政令三八一号による外登令の改正によって、登録証明書の有効期間を定めて三年毎にその交付申請をする制度が加えられたが、外登令は、指紋押捺制度は採用していなかった。

外登令の施行に伴い、約六〇万人の在留外国人(外国人とみなされる台湾人及び朝鮮人を含む。)に対し新たに登録が実施されて、戦後の混乱期において身分事項の必ずしも明らかでなかったこれらの者の在留の実態が把握されることとなったが、他方、当時、朝鮮半島から多数の不法入国者が流入していたこと、登録が戸籍謄本、旅券等客観的資料に基づくことなく本人の申立てのみによって行わざるを得なかったこと、一部地域において集団申請や代理人による申請が横行し、また、外国人登録が米穀通帳発給の基礎とされていたなどの事情があって、二重登録、幽霊登録等の不正が続出した。

(2) その後、日本国との平和条約の発効を控えて、出入国管理制度を整備するために、入管令が施行されるとともに、昭和二七年四月二八日に、外登法が公布施行された。

外登法は、外登令を母体とするものであったが、続発する不正登録を是正するために従前三年とされていた登録証明書の有効期間を二年に短縮したほか、新たに指紋押捺制度を採用する等の整備が図られた(指紋押捺制度の実施は昭和三〇年四月)。

(3) 外登法は、制定以降数次の改正を経ているが、本件処分当時においては、外国人は上陸の日から九〇日(本邦で外国人となったものは六〇日)以内に居住地の市区町村に身分関係、居住関係等所定の事項の登録の申請をしなければならないこと、登録事項に変更が生じたときは変更登録の申請を行うこと、五年毎に確認申請を行うこと、登録証明書の交付を受け、常時携帯すること等を義務付けるとともに、後述の指紋の押捺をしなければならないとしていた。

(二) 外国人登録制度の役割

外国人登録制度は、日本に戸籍がなく住民登録を行っていない外国人について、氏名、生年月日等の身分事項や在留資格、在留期間あるいは日本における居住地、職業等を登録させ、その在留の実態を明確にしようとするものであって、その登録原票は日本に在留する外国人の居住関係及び身分関係を登録する唯一の公簿としての性格をも有するものであり、外登法が、在留外国人に(一)の(3)等の義務を課して、外国人登録の正確性を確保するために万全を期するとともに、在留外国人の身分事項、居住関係を即時的に把握できるように努めた結果、外国人登録制度は逐次整備され、現在ではほぼ完全な公簿としての体裁を整えつつある。そして、外国人登録は、登録済証明書の発給及び登録事項の照会等を通じ、出入国管理行政を始め、具体的に被疑事実の特定された犯罪の捜査、徴税、教育、医療、福祉等外国人に対する各種行政の適正な運用に資するとともに、外国人自身が就学、就職、結婚、商取引等に関し、自らを証明する重要な資料ともなっている。

右のとおり、外登令及び外登法は、在留外国人を登録することにより、各種行政上の施策を実行するためその身分関係や居住関係等を正確に把握し、さらに外国人が当該登録された外国人と同一人であるか否かその同一人性を確認し、もって、外国人の公正な管理に資することを目的として制定施行されたものであり、刑事責任の追及を目的とする手続でないことはもとより、そのための資料収集に直接結び付く作用を一般に有するものでもないのであって、これを在日韓国人・朝鮮人の治安管理を目的とする制度であるとする原告の主張は理由がない。

(三) 本件処分当時の指紋押捺制度運用の実情

(1) 指紋押捺制度は、(一)のとおり、外登令施行当時続出していた不正登録に対処するため、外国人を誤りなく特定して登録し、その後の人物の同一人性(登録の一貫性)を確認する手段として、外登法の制定に際して新たに採用されたものであり、その後の同法の数次の改正を経て、本件処分当時においては、年齢一六歳以上の外国人(ただし、一年未満の在留期間を決定され、その期間内にある者を除く。)に対し、新規登録申請、確認申請等の際に、登録原票、指紋原紙及び登録証明書に左手人さし指の指紋を押捺することを義務付けていた。

(2) 登録原票は、外国人の身分関係、居住関係等を記載して市区町村に保管される外国人に関する公簿(基本台帳)であるが、新規登録の際には、登録される外国人を誤りなく特定するために、写真を貼付するとともに、指紋欄に指紋を押捺させ、また、その後の確認申請等の際には、申請の前提として申請者が登録されている外国人と同一人であるか否かを確認するために、指紋の押捺を義務付けて、市区町村窓口で新旧二個の指紋を対比照合することにより、その同一人性を容易に確認できるようにしていた。

なお、登録原票には、所定の箇所に確認申請年度毎に押捺された鮮明な指紋が並んでいるのであり、このような指紋を照合してその同一性を確認するには、格別の知識、経験、技術を必要とするものではない。

また、原告主張の取扱要領は「市区町村長は申請の受理又は登録証明書の交付等に際して出頭した者が本人である場合は写真などによりこれを確認しなければならない」として、指紋の照合を確認の手段として例示していないが、これはほとんどすべての申請に写真の提出が義務付けられているのに対し、指紋の押捺は必ずしも義務付けられていない場合があることを考慮して、例示としては写真のみを掲げたものにすぎず、指紋の押捺が義務付けられている場合においては、それが登録原票に新たに押捺された指紋を前回押捺された指紋と照合するためであり、その照合を怠っていいという趣旨でないことは自明である。なお、取扱要領が申請受理の段階だけでなく、登録証明書の交付等に際しても同一人性を確認しなければならないとしているのは、正に指紋の照合を含めて指示したものにほかならない。

(3) 指紋原紙は、登録された外国人の指紋を中央に集中して管理し、再照合して人物の入れ代わり等の不正を発見するために、法務省当局に送付されるものであるが、法務省当局においては、指紋押捺制度発足後昭和四五年まで、指紋原紙の指紋を換値分類し、二重登録の発見、是正に効果を上げた。換値分類は、二重登録が減少したことに伴い、行財政事情から業務の簡素化を図る必要もあって、昭和四五年に中止されたが、その後は、法務省当局において、市区町村から送付される指紋原紙の指紋と前回同一人の押捺した指紋とを照合し、市区町村長の照合に誤りがないかどうかを補充的に点検するとともに、指紋原紙を整理して保管し、人物の同一人性に疑いが生じた場合における指紋の対比照合あるいは今後送付されてくるべき同一人の指紋原紙と照合する客体としていた。

(4) 登録証明書は、必要に応じ、在留外国人の身分関係及び居住関係事項を即座にかつ正確に把握するために、一六歳以上の外国人にその携帯が義務付けられているが、その登録証明書に押捺された指紋は、名義人と所持人との同一人性を即時に確認することができる有効な手段とされていた。

(5) 右(2)ないし(4)のほか、外国人登録制度上、市区町村及び法務省当局に集中管理されている指紋は、外国人の同一人性に疑問が生じた場合に、専門的鑑定によりその同一人性の有無を最終的に確定することができるよう、保管しておくこと自体にも目的がある。そして、これが外国人に対し、二重登録、幽霊登録又は登録されている人物になりすますなどの不正を思い止まらせる抑止力としての役割を果たしている。

(四) 指紋押捺制度の必要性

(1) 右(二)のとおり、外国人登録制度は、外国人の居住関係及び身分関係を明確にして在留外国人の公正な管理に資することを目的とするが、その前提として、登録されるべき外国人を誤りなく特定して登録すること及び在留する個々の外国人が登録原票に登録された人物と同一人であることが確認されることが重要であることはいうまでもない。

ところで、外国人は、日本人と異なって、日本に在留することについて個別に許可を要するので、その許可を受けられなかった外国人が不正の手段で入国、滞在する場合においては、適法な在留者を装うために、適法在留者の登録証明書を不正入手するなどの事例が多く、将来もその危険性が多分にあり、また、外国人は、その氏名、生年月日等の身分関係事項に日本にとって不分明なところも多く、さらに、一般的にいって、外国人は日本での在留期間が短く、地縁、血縁が少ないなど日本との密着度が乏しいので、日本人のように人物を特定する様々な手段があるという訳でもない。したがって、外国人について、人物を特定して登録する必要性は日本人の場合よりもはるかに大きく、人物を確実に特定するために日本人と異なった取扱いをすることに十分の合理性があるのである。

なお、現在の外国人登録人口の約八二パーセントは、戦前から居住する朝鮮半島及び台湾の出身者とその子孫であり、しかも、その約八五パーセントは、日本で出生した二世、三世であるけれども、これらの者であっても、その親の身分関係が不明確で、現に親の氏名、本籍地等が訂正された結果、その子の姓や本籍地、所帯主が訂正される例も多いので、日本で出生したからといって日本人と全く同様の状態にあるということはできない。

(2) 指紋は、万人不同、終生不変という特性を有し、人物を特定する簡便かつ最も確実な手段であり、外国人の特定におけるその有効性は明らかである。殊に、鮮明な平面指紋の照合は、二つの指紋を肉眼で対照することにより容易かつ迅速にその同一性を確認することが可能であり、肉眼では同一性を確認できない場合であっても、専門的鑑定によりその同一性を最終的、科学的に確認することができるものである。

他方、本件処分当時の指紋押捺制度は、新規登録申請、五年毎の確認申請等の際に、顔写真の提出とともに左手人さし指一指の指紋を押捺することを義務付けていたに止まり、外国人にそれ程過重な負担を課していたものではない。また、指紋の押捺は、外国人を犯罪者扱いして屈辱感を与え、その人権を侵害するとの非難もあるが、指紋は人物特定の極めて有効な手段であって、犯罪捜査に利用されることが多いことから、指紋の押捺が犯罪との関連を想起させるにすぎず、外国人登録上の指紋の押捺がもともと犯罪捜査を目的とするものではないので、外国人に指紋の押捺をさせたからといって、これを犯罪者扱いにしたことにはならない。

(3) 指紋に代って外国人を特定し、その同一人性を確認する手段としては、写真、署名、押印、身長等の身体的特徴の記載等の方法が考えられる。

写真も人物特定のための有効な手段であり、比較的容易に同一人性を確認し得るという利点を有するほか、顔写真の貼付にはそれ程の心理的抵抗がないとされ、現在、旅券、運転免許証等各方面に広く利用されているし、外登法も、外国人の新規登録申請、確認申請等に当たり、顔写真を提出させてこれを登録原票及び登録証明書に貼付している。しかしながら、顔写真による特定は、結局は肉眼の判断のみに頼るものであり、年齢・髪型等による容貌の変化、兄弟姉妹間の相似や他人の空似という例もあって、人物特定について、指紋のような絶対性を有するものではないし、写真自体も撮影の角度、光線の強弱等によって微妙な差が生じ得るものであるから、顔写真のみでは、客観的な人物の特定、同一人性の確認の手段としては十分ではない。

その他の方法についても、署名は東洋人等には習慣として定着しておらず、かつ筆跡による同一人性の確認は不確実であり、また、押印は印鑑を他に交付することによって容易に他人が行使し得るものである上、その鑑定は容易ではなく、身体的特徴の記載も類似性の多いものであって確実に人物を特定する資料としては不十分である。

したがって、指紋のほか、これに代わって人物を特定し、同一人性を確認できる有効適切な手段は存在しないのである。

(4) なお、(一)のとおり、指紋押捺制度は、外登令施行当時、朝鮮半島からの大量の不法入国者があり、不正登録や他人の登録証明書を入手してその名義人になりすますなどの不正が続出して、外国人登録が在留外国人の実態を正確に把握するものとは言い難い状況であったことに鑑み、外登法制定の際に、このような事態を改善して正確な登録の実現を図るために導入されたものであるところ、本件処分当時は、このような顕著な動向はなく一見平穏な状況下にあるようにみえるが、入管法に規定する退去強制事由に該当し、退去強制令書の発付を受けて送還された外国人の数は過去五年間で三倍という急激な増加傾向にあって、本件処分のあった昭和六一年には、不法入国・上陸者が五九一人、不法残留者が八八九五人、在留資格外の活動を行った者が三四七人、その他刑罰法令に違反して処罰された者等が五八人に達しており、しかも、これは摘発し得た外国人の数であって、不法入国者や不法残留者で摘発を逃れている者の数はなお数万人に上ると推定されている。したがって、これらの者の摘発のためにも正確な外国人登録が必要である。

(5) 以上のとおり、外国人登録制度の目的に鑑みれば、人物の特定及び同一人性の確認は不可欠であって、これを客観的にしかも絶対的に判断することができる体制を国の制度として整えておくことは、外国人の公正な管理のため必要なのであり、そのために、現在のところもっとも客観的、科学的な資料であり、しかも、万人不同、終生不変という特性を有する指紋を利用することは、十分に合理的な理由を有するものである。

(6) なお、原告は、指紋押捺制度が在日韓国人・朝鮮人の治安取締りの観点のみから発想され、公安警察による在日韓国人・朝鮮人等の情報収集にのみ、その目的及び機能を有するものである旨主張し、外登法制定当時の国会における国務大臣等の答弁を引用する。

しかしながら、右の国務大臣等の答弁は、(一)のとおり、戦後間もなくの日本に大量の密入国者が流入し、外登令制定後も不正登録が続出するなど、在留外国人の実態を正確に把握し難い状態にあった当時の状況下において、外国人を誤りなく特定し、不法入国、不正登録等の違法を防止するために指紋押捺制度を採用する必要があるとの趣旨であって、在日韓国人・朝鮮人等の情報収集や一般犯罪捜査のために指紋が必要であるとの趣旨を述べたものではない。

しかして、外国人登録制度の登録原票は、(二)のとおり、日本に戸籍、住民登録等を有しない外国人の居住関係、身分事項等に関する唯一の公簿であって、出入国管理行政のみならず、各般の行政分野で活用されているものであるから、犯罪捜査を担当する警察官においても、外国人に対する捜査遂行上、その国籍、住所、氏名、生年月日等の事項を把握する必要があるときに、日本人についてであれば、身分関係事項の照会をすると同様、市区町村長に対し外国人登録事項の照会を行うという意味では、登録事項に関する警察を含む官公署からの市区町村又は法務省当局に対する照会は、日常的に行われている。そして、一般の行政分野においては、行政当局が直接市区町村に照会を行わず、当該外国人に、自己の登録済証明書の交付を受けさせ、これを提出させて、必要事項を確認するという方法があるので、行政当局から市区町村長に対する直接照会がされるのは、かかる方法によることが相当でない場合が必然的に多くなり、その結果、件数が相対的に多いのは警察からの照会ではある。しかし、外国人登録上の指紋は登録事項ではないので、法務省当局は、一貫して、外登法に直接関係する場合を除き、これを一般犯罪の捜査の利用に供しないことを明らかにしている。

右のとおりであるから、原告の主張が理由のないことは明らかである。

(五) 指紋押捺制度と憲法及び国際人権規約B規約との関係

(1) 憲法一三条との関係

憲法一三条が指紋を採取されない自由を保障したものであるかどうかは、疑問の多いところであるが、仮に、同条がそのような自由ないし権利を保障したものであるとしても、右自由ないし権利が公共の福祉による制約に服すべきものであることは同条自体からも明らかであり、かつ、国際法上、一般に外国人の入国及び滞在の条件は国家の裁量に委ねられた事項であると認められているところ、外国人登録における指紋押捺制度は、立法機関たる国会が、右のとおり国家の裁量に委ねられた事項につき、日本を取り巻く国際環境と人的交流の実情及び在留外国人の実態等から、在留外国人の公正な管理を実施する上で必要不可欠と認めてこれを定めたものであり、公共の福祉による右自由ないし権利の制約というべきであるから、何ら憲法一三条に違反するものではない。

(2) 国際人権規約B規約七条との関係

原告は、外国人登録における指紋採取が国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」に該当すると主張するが、同規約の審議過程において同条が指紋採取と関連して討議されたという記録は見当たらないのであり、(四)のとおり、正当な理由のもとに適正に実施されていた指紋採取が同条に違反するとは到底認められない。

(3) 憲法一四条及び国際人権規約B規約二六条との関係

一般に憲法一四条は、合理的な理由に基づく差別についてはこれを禁止していないものと解されているところ、指紋押捺制度は、(四)のとおりの、合理的な理由に基づいて、外国人に対し、その入国及び滞在の条件の一として指紋の押捺を義務付けたものであるから、同条に違反するものではない。

また、外国人登録における指紋押捺は右のとおり外国人の入国及び滞在の条件の一であるところ、国際人権規約B規約の審議過程においても、外国人に対し入国及び滞在の条件等を設けることのあることは自明のことと認識されており、外国人に対しある種の政治的又は市民的権利を与えることを拒否することは、同規約二六条の範囲で差別を構成するものではない。

(4) 以上のとおり、外登法上の指紋押捺制度は、憲法一三条、一四条及び国際人権規約B規約七条、二六条に何ら違反するものでないから、右違反を理由として本件処分の違法をいう原告の主張は、その前提を欠き、理由がない。

第三証拠〈省略〉

理由

第一本件処分の取消しを求める訴えの適否について

一  以下の事実は当事者間に争いがない。

1  原告の父鄭泰俊は、大正一四年に韓国に生まれ、昭和二年にその父とともに渡日したが、昭和一九年に朝鮮半島で徴兵されて日本軍の兵役につき、また、同年、原告の母朴相出と結婚し、日本の敗戦後出身地に帰ったが、昭和二三年二月、妻子を残して再渡日したこと。

2  朴相出は、韓国に生まれ、鄭泰俊との婚姻後、昭和三〇年一一月、既に渡日していた鄭泰俊を追って、長男(原告の兄)鄭福溶を伴って渡日し、鄭泰俊とともに日本で生活するようになったこと(なお、後記第四の一の1の(二)のとおり、朴相出の出生年は昭和三年であることが認められる。)。

3  原告は、昭和三四年九月二四日に鄭泰俊及び朴相出の間の二男として新潟県において出生し、東京都内の小学校、千葉県内の中学校及び高等学校を卒業して、昭和五五年に早稲田大学第一文学部に入学したが、昭和六〇年に中退したこと。

4  原告の家族は、日本での在留資格を取得していなかったため、摘発を受けて違反調査手続を経たが、昭和三七年三月一九日に鄭泰俊、鄭福溶及び原告に対し、同年四月一六日に朴相出に対し、いずれも入管令五〇条一項三号に基づく在留特別許可が付与され、同令四条一項一六号、二項、旧特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号、二項三号に基づく期間一年の在留資格が認められたこと。

5  原告の在留期間は、その後の数回に渡る在留期間更新を経て、昭和四九年六月二一日以降、三年となり、さらに、昭和五二年、昭和五五年、昭和五八年に在留期間更新手続を経たが、入管令が改正されて入管法となったことにより、原告の在留資格は、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づくものとなったこと。

6  昭和五八年の在留期間更新に伴う原告の在留期限は昭和六一年三月一九日までであったので、原告は、同年三月一四日、入管法二一条に基づき、東京入管局を通じて被告法務大臣に対し在留期間更新許可を求める本件申請をしたところ、被告法務大臣は、審査の資料に供するためとしてさらに詳細な理由書及び原告の経歴書の追加提出を求め、その提出を受けた上、同年六月六日、本件申請に対し、原告の在留期間を昭和六二年三月一九日までの一年間とする在留期間更新許可処分である本件処分をしたこと。

二  ところで、処分の取消しを求める訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるものであるところ(行政事件訴訟法九条)、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、当該処分の法的効果として、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものと解される。

しかして、本件処分は、本件申請に対し、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく従前と同様の在留資格で、引き続き一年間在留することを許可した処分であるが、原告は、本件処分が原告の法的利益を規制、侵害するものであると主張するので、この点につき判断する。

1(一)  原告は、まず、鄭泰俊のような経過をもって日本に在留するに至った者の在留権は一二六―二―六該当者として、又はこれに準じて、無条件に認められなければならず、また、その子である原告に対しては、四―一―一六―二該当者として、又はこれに準じて、覊束的に期間三年の在留資格が認められ、かつ、その在留期間更新許可申請に対しては、入管法二一条三項は適用されず、必ず更新されなければならないから、原告は申請のとおりの許可処分を求め得る地位にあり、本件処分は、右地位に基づく原告の利益を侵害するものであると主張する。

しかしながら、法律一二六号二条六項によれば、一二六―二―六該当者は「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日(昭和二七年四月二八日)において日本の国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日(同法附則一項により昭和二七年四月二八日)まで引き続き本邦に在留するもの(昭和二〇年九月三日からこの法律施行の日まで本邦で出生したその子を含む。)」をいうものであるから、一の1のとおりの経歴を有する鄭泰俊が、昭和二〇年九月二日以前から昭和二七年四月二八日まで引き続き本邦に在留するものに該当せず、したがって、一二六―二―六該当者に当たらないことは明白であり、また、法律一二六号二条六項は、入管法一九条一項、二二条の二項第一項の例外措置として、右のようにその要件を明確にして、在留資格を有することなく日本に在留することができる者を定めた規定であるから、これを厳格に解釈すべく、右要件に該当しない者について、一二六―二―六該当者に準じこれと同様の取扱いをすべきものと解することはできない。したがって、鄭泰俊の子である原告について、四―一―一六―二該当者として、又はこれに準じて期間三年の在留資格が認められると解することもできない。

(二)  右の点に関し、原告は、日本政府は四三八号通達により、朝鮮が日本国との平和条約発効の日から日本国の領土から分離することになるとしているのであるから、これによれば、同条約発効の日まで、朝鮮半島は国際法上日本の領土であった訳であり、したがって、鄭泰俊が朝鮮半島に帰っていたとしても、同人を法律一二六号二条六項にいう昭和二〇年九月二日以前から同法施行の日まで引き続き日本に在留していた者としなければならず、同人を一二六―二―六該当者でないとする解釈は成り立たないと主張する。

しかし、法律一二六号二条の規定は、同法一条による入管令の改正に伴う経過規定であって、入管令の規定と一体をなすものといい得るところ、入管令はその二条一号(昭和四六年法律第一三〇号による改正前のもの)に「本邦」の定義を置いているが、それによれば、朝鮮半島がその「本邦」に含まれないことは明らかである。そして、法律一二六号二条六号の「本邦」の意義をこれと別異に解すべき根拠は見出し難い。したがって、原告の右主張は失当である。

(三)  また、原告は、朝鮮半島に一時戻ったかどうかという偶然の事情によって在留権という重大な事柄に差異を設ける取扱いは極めて不合理であると主張し、さらに、昭和二九年七月一四日の衆議院法務委員会の外国人の出入国に関する小委員会の決議や同年九月二日の同小委員会における入国管理局長の発言などを引用して、日本国自身、朝鮮半島に一時帰った者に対して入管法を全面的に適用し、ほかの外国人と同じに取り扱うのは到底なし得べきことではないとしていたとも主張するけれども、前者の主張は立法政策の当否を述べるものとしか理解できず、また、後者の主張における決議、発言等がされたことは当事者間に争いがないが、それだけでは法律一二六号二条六項の適用範囲につき同項の文理を離れた解釈をすべき根拠とならないことは明らかである。

(四)  したがって、原告には四―一―一六―二該当者として、又はこれに準じて、羈束的に期間三年の在留資格が認められ、かつ、その在留期間更新許可申請に対しては、入管法二一条三項は適用されず、必ず更新されなければならないとする原告の主張は失当であり、右主張を前提として原告は申請のとおりの許可処分を求め得る地位にあり、本件処分は、右地位に基づく原告の利益を侵害するものであるとする主張が理由のないことも明らかである。

2  次に、原告は、原告の在留期間更新許可申請について入管法二一条三項の適用があるとしても、原告のごとき立場にある在日韓国人からの同条第一項に基づく在留期間更新許可申請に対する法務大臣の同条三項に基づく更新許可処分は羈束裁量行為であって、このような者の在日に至った歴史的経緯、在日韓国人・朝鮮人は入管令制定当時日本国籍を有していたこと、定住外国人は協定永住者又は特例永住者に近い地位を有することなどを考慮すれば、このような者から在留期間を三年とする在留期間更新許可申請があった場合には、法務大臣は、原則として申請のとおりの更新許可処分をしなければならず、これを不許可とし、あるいは在留期間を短縮する処分はし得ないものであるし、また、処分に当たって、原告の在留資格該当性や在留状況などを他の外国人と同様に考慮することは原則として許されないものであるから、原告は申請のとおりの許可処分を求め得る地位にあり、本件処分は、右地位に基づく原告の利益を侵害するものであると主張する。

しかして、原告が、法務大臣の入管法二一条三項に基づく在留期間更新許可処分を羈束裁量行為であるとする趣旨は必ずしも分明であるとはいえないが、原告が主張する在留に至った経過その他の事情を根拠として、原告のごとき立場にある在日韓国人から在留期間を三年とする在留期間更新許可申請があった場合においては、法務大臣は、原則として申請のとおりの更新許可処分をしなければならないという限度で、更新許可処分をするかどうか、また、更新許可処分をする場合に在留期間をどの程度とするかについての法務大臣の裁量権限が制約されるとの趣旨の主張であるものとすれば、次のとおり、これを採用することができない。

(一)(1) 国家は、外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、受け入れるとしてどのような条件を付するかを自由に決定できるものとするのが国際慣習法上現に認められている原則であり、また、そうであれば、右のような入国の条件として付された一定の在留期間が経過すれば当然には在留することはできないこととなるから、国際法上、外国人がさらに在留することを許可するかどうかも、入国の許否の問題と変わるところはなく、国家の自由な裁量に委ねられているものである。

(2) 原告は、日本が、国際人権規約A規約及びB規約を批准したこと、難民の地位に関する条約に加入したこと、日本国内に居住する外国人の数及び海外に旅行しあるいは海外に在留する日本人の数が増加したことを挙げて、(1)の国際法上の原則が変化している旨縷々主張するが、主張の国際人権規約A規約及びB規約の各規定が、国際法上、国家に留保された右のような外国人の受入れ及び在留期間更新の許否に関する自由を制限する趣旨であるものとは到底解されず(なお、B規約一三条が在留期間経過後の不法残留者や退去強制事由該当者に対してまで、同条による保障を及ぼす趣旨でないことは文理上も明らかである。)、また、難民の地位に関する条約に加入したことによって右の国家の裁量に一定限度で制約が生ずるとしても、それが一般の外国人にまで及ぶものでないことも明らかであり、さらに、国内に居住する外国人や海外に旅行し、あるいは海外に居住する日本人の数が増加したことが、右のような国家の裁量に対し直接影響を及ぼすものでないことも明白である。

(3) また、原告は、日韓地位協定の発効に伴い、日本と韓国との間には特別の条約があることとなり、日本は、在日韓国人に関する限り、受け入れるか否か、受け入れる場合にいかなる条約を付するかを自由に決定することができなくなった旨主張する。

しかして、日韓地位協定一条は、日本国政府は一定範囲の韓国人(協定永住者となり得る要件を満たす者)から所定の手続によって所定の期間内に永住許可の申請があった場合にはこれを許可することを、また、同協定三条は、協定永住者は一定の事由に該当することとなった場合のほか日本からの退去を強制されないことを、それぞれ定めるものであるから、日本は、同協定の規定の限度で、(1)の国家の裁量に対し条約上の制約を受けるものであって、同条約は(1)にいう特別の条約に当たるものであるけれども、同協定上、国家の裁量に対する制約がすべての在日韓国人に及ぶものでないことも右に述べたことから明らかであって、したがって、原告の、日本は在日韓国人に関する限り、受け入れるか否か、受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決定することができなくなった旨の主張は、右の限度で失当である。

(4) さらに、原告は、日本に在留することが生活全般に渡って前提となっている定住外国人である在日韓国人の在留期間更新許可申請は、入管法二四条に列挙された各事由に準ずる場合であって、申請のとおり許可すると日本の社会に混乱をもたらすことが具体的に認められる場合にのみ、期間の短縮若しくは不許可とすることができ、そうでない場合には、これを許可すべきものと解すべきであるとも主張するが、単に、当該外国人が定住するということのみをもって、国際法上、国家に留保された外国人の在留期間更新の許否に関する自由が制約を受けるものと解すべき法的根拠を見出すことはできない。

(二) 憲法上、外国人が日本に入国し、あるいは在留する自由を保障したものと解される規定は存在しないので、憲法も、外国人の入国又は在留に関しては、(一)の(1)の国際法上の原則に何らかの制約を加えるものではないと解されるところ、これを受けて、入管法四条二項は、同条一項各号に基づく在留資格で日本に上陸した外国人(ただし、同項一号、二号及び一四号の在留資格を有する者を除く。)の在留期間については、三年を超えない範囲内で法務省令で定めると規定し、また、同法二一条一項、二項は、現に有する在留資格を変更しないで在留期間の変更を受けようとする外国人は、法務省令の定める手続により、法務大臣に対し在留期間の更新を申請しなければならないとし、同条三項は、右在留期間の更新許可申請に対し、法務大臣は、当然外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、在留期間更新の許可をすることができる旨を定め、さらに、同法二四条四号ロは、旅券又は在留資格証明書に記載された在留期間を経過して日本に残留する者について、日本からの退去を強制することができるとしているのであるから、入管法は、日本に上陸し、在留する外国人について、その在留資格につき法務省令で定められた在留期間が経過すれば、当然に在留資格を失うこととするとともに、在留期間の更新を希望する外国人に対しては、法務大臣の裁量判断により更新の許可をすることができるとの建前を取るものであり、このことと、同法施行規則三条六号が、同法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する外国人の在留期間を三年を超えない範囲内で法務大臣が指定する期間としていること、並びに外国人に対する出入国管理制度の一環としての在留期間更新の許否の判断は、事柄の性質上、当該申請者の申請事由の当否や在留中の行状などのほか、国内の政治・経済・社会等の諸状況及び国際情勢その他諸般の事情を総合考慮して的確に判断すべきものであることに鑑みれば、原告のように、同法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する外国人の在留期間更新許可申請に対し、法務大臣は、これを許可するかどうかについてはもとより、許可する場合にその在留期間を三年を超えない範囲内でどの程度にするかについても、広範な裁量権限を有するものというべく、したがって、入管法上、かかる申請をする外国人が、当然に在留期間の更新を求め得る権利を有するものでないことは明らかであるし、さらに、以上述べたところと前記の入管法四条二項、同法施行規則二条三号、三条六号の各規定を併せ考えると、在留期間が更新許可申請の申請権の内容をなすものでもないというべきである。

(三) 原告は、原告のような立場にある在日韓国人については、在日に至る歴史的経緯が考慮されなければならないとか、入管令、入管法は、基本的には一時的に日本で在留する外国人を対象とするもので、入管令制定当時日本国籍を有し、日本に生活の本拠を置く在日韓国人・朝鮮人は、入管令、入管法の規制対象である外国人とは異質の存在であるとか、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格を有する定住外国人も、協定永住者や特例永住者と同様、在留資格該当性や在留状況を問わず、在留期間更新許可処分が付与されなければならない等、縷々主張するところであるが、日本と韓国・朝鮮等との歴史的経緯によって日本に在留するに至った韓国人・朝鮮人等については、既に、それぞれその在留の経緯等に応じて、法律一二六号二条六号による一二六―二―六該当者、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条二号による四―一―一六―二該当者、日韓地位協定及び日韓地位協定の実施に伴う出入国管理特別法による協定永住者、昭和五六年法律第八五号による改正後の入管法附則七項による特例永住者等、特別の在留資格をもって、あるいは在留資格なくして在留し得る地位が付与されているところであり、そのいずれにも該当しない入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する韓国人について、単に日本に定住するというだけで、その在留期間更新許可申請に当たり、(二)で述べたような法務大臣の広範な裁量権限に制約が加えられるものとは到底解することができない。

(四) したがって、在日に至った経緯その他の事情を根拠として、原告のごとき立場にある在日韓国人から在留期間を三年とする在留期間更新許可申請があった場合においては、法務大臣は、原則として申請のとおりの更新許可処分をしなければならないとする原告の主張は失当であり、右主張を前提として、原告は申請のとおりの許可処分を求め得る地位にあり、本件処分は、右地位に基づく原告の利益を侵害するものであるとする主張が理由のないことも明らかである。

3  入管法施行規則二一条一項、別記三〇号様式(ただし、昭和六三年法務省令第六号による改正前のもの)によれば、本件申請当時の在留期間更新許可申請書の様式には「新たに希望する在留期間」を記入する欄があったことが認められるところ、原告は、右事実を挙げた上、在留期間更新許可申請をする外国人にとっては、在留期間が重大な関心事であるから、在留期間は右申請の内容をなすものであって、本件処分は、在留期間を三年とした本件申請に対して、在留期間二年につき申請を拒否したものであると主張する。

しかしながら、在留期間が更新許可申請の内容をなすものでないことは2の(二)のとおりであり、主張の在留期間更新許可申請書の様式中に在留期間の記入欄があるのは、「希望する在留期間」という表現からも明らかであるとおり、同欄の記載を法務大臣の裁量判断の一資料とするという以上の意義を有するものではないし、また、在留期間が右申請をする外国人の関心事であるとしても、これをもって、直ちに、在留期間が右申請の内容をなすものともいえないから、原告の右主張も理由がない。

4  さらに、原告は、本件処分が、機能的には原告に対し一年を超えて在留してはならないという権力的規制を加えるものであるとも主張するが、本件処分自体は、単に原告に対して一年間を在留期間とする在留を許可したというにすぎず、右期間経過後の在留の許否は、新たな在留期間更新許可申請に対する許否の処分によって定まるものであるから、右主張も失当であることは明らかである。

三  以上のとおり、原告は、本件処分によって侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある権利若しくは法律上保護された利益を有するものとはいえないから、本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たるとは解し得ず、したがって、本件処分の取消しを求める訴えは不適法である。

第二在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴えの適否について

右訴えは、無名抗告訴訟としてのいわゆる義務付け訴訟に当たるものであるところ、かかる形態の訴えが許容されるためには、少なくとも、行政庁に第一次判断権を留保することが必ずしも重要でないと認められる場合、すなわち、具体的事情の下において、行政庁が当該処分をすべきこと又はすべからざることについて法律上羈束されていて行政庁に裁量の余地が全く残されていないような場合であることを必要とするものと解すべきである。

ところで、第一の二の2の(二)のとおり、本件申請のような入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する外国人の在留期間更新許可申請に対しては、法務大臣は、これを許可するかどうかについてはもとより、許可する場合にその在留期間を三年を超えない範囲内でどの程度にするかについても、本来、広範な裁量権限を有するものであるから、被告法務大臣が本件申請に対して、原告に在留期間を三年とする在留期間更新許可処分をすべきことについて法律上覊束されていたというためには、同被告が右処分をしなかったことが、同被告に委ねられた裁量権限を明白かつ顕著に逸脱、濫用したものであると認められる特段の事由が存することが必要であるものと解すべきである(なお、原告は、行政庁が違憲、違法な動機に基づき、考慮すべきでない事項を考慮して裁量判断をした場合にも、義務付け訴訟が許容されるものであると主張するが、かかる事情は、仮にこれが存在するとしても、右の特段の事由の内容の一として評価判断すれば足りるもので、義務付け訴訟が許容されるための独立の要件と解することはできない。)。

しかるところ、後記第四の二の3のとおり、右のような事由が存するものとは到底認められないから、結局、右訴えは、義務付け訴訟の要件を欠くものであって、その余の点につき判断するまでもなく、不適法である。

第三損害賠償請求の訴えの適否について

被告国に対する右損害賠償請求の訴えは、行政事件訴訟法一六条一項に基づき、関連請求に係る訴えとして、被告法務大臣に対する本件処分の取消しの訴えに併合して提起されたものであることは当事者間に争いがないところ、被告国は、取消訴訟が不適法であるときには、関連請求に係る訴えとして、これに併合して提起された訴えも不適法となると主張する。

しかしながら、取消訴訟が不適法である場合には、これに併合して提起された関連請求に係る訴えは、その併合の要件を欠くに至るものというべきではあるが、かかる場合であつても、裁判所は、併合して提起された訴えが独立の訴えとしての訴訟要件を具備する限りは、原則として、直ちにこれを不適法とし却下することなく、この訴えを分離して自ら審判すべきもの(併合して提起された訴えが訴訟要件中の裁判所の管轄権を欠くのみであるときは、管轄裁判所に移送すべきもの)であり、ただ、関連請求に係る訴えが、取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的として併合されたものと認められる場合にのみ、右訴えを不適法として却下すべきものと解すべきである。

しかして、本件損害賠償請求の訴えは、本件処分が違法であることを前提として、これによって被った精神的損害の賠償を求めるもので、これに対する判断は、被告法務大臣に対する本件処分取消しの訴えが適法であって実体判断をするものと仮定した場合における右実体判断と争点を共通にするものであり、かつ、右の取消しの訴えの提起の当初から、これと併合されて提起されたものであるが、必要的共同訴訟や予備的請求に係る訴訟のごとく同一の訴訟手続内で併合して審判すべき手続上の必然性がある訳でないことはもとより、かかる併合提起をした原告の意図としても、右の取消しの訴えの適否如何にかかわらず、これと同一の訴訟手続内で併合審判を受けることにこだわるものとまでは認められないから、右の例外的場合に当たるものと認めることはできず、本件損害賠償請求の訴えは不適法とはいえない。

なお、右の損害賠償請求の訴えが独立の訴えとしての訴訟要件を具備し、かつ、当裁判所の管轄に属することは明らかであるから、本来、右訴えについては、併合要件を欠く被告法務大臣に対する本件処分の取消しの訴えから分離して審判すべきところであるが、両者の訴えが、通常民事訴訟手続の枠内で併合審理された本件では、右の分離をすることなく、併合したまま判決をすることも許容されると解される。

第四被告国に対する損害賠償請求の当否について

一  本件処分及びこれに至る経過

請求の原因1の(三)のうち、原告が紛失した外国人登録証明書の再交付を受けるため、昭和六〇年六月二七日にその居住する行政区域を管轄する杉並区役所に赴いて再交付申請を行ったが、窓口職員から指紋押捺を求められた際に、これを拒否し、指紋押捺のない登録証明書を受領して再交付手続を終了したことは当事者間に争いがないところ、右事実及び第一の一の各事実に、成立に争いのない甲第二、第三号証、第八号証、乙第六、第七号証、第九号証の一ないし四、原本の存在及びその成立に争いのない甲第六、第七号証、第二二号証の一、官公署作成部分の成立に争いがなく弁論の全趣旨によりその余の部分の成立の真正を認め得る乙第五号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものであることが認められるから真正な公文書であるものと推定すべき乙第一ないし第四号証、証人谷岸敏行の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1(一)  原告の父鄭泰俊は、大正一四年五月五日に韓国慶尚北道迎日郡杞湲面大谷洞で出生し、昭和二年にその両親とともに来日して、日本で成育した後、昭和一九年に徴兵のため出生地に帰り、原告の母朴相出と婚姻するとともに在韓部隊に入営して、昭和二〇年に終戦を迎え、除隊した後、出生地に戻り、朴相出とともに農業に従事しようとしたが、農地を所有又は使用することができず、また、当時の韓国内の混乱した状況の下で政治活動に関与して身の危険を感じ、さらに、当時韓国内でコレラが流行した等の事情もあって、昭和二三年二月朴相出及びその胎内の子(昭和二三年七月二三日に出生した長男鄭福溶)を残して、外登令一一条、三条に違反して日本に不法入国し、九州、新潟、東京都などを経て現在千葉県に居住している。

(二)  原告の母朴相出は、昭和三年九月九日に韓国慶尚北道迎日郡杞湲面大谷洞で出生して昭和一九年に鄭泰俊と婚姻し、その後、日本に入国した鄭泰俊を追って、昭和三〇年一一月、鄭福溶を伴い、入管令三条に違反して日本に不法入国し、鄭泰俊とともに新潟県において生活を始め、その後、東京都を経て現在千葉県に居住している。

(三)  原告は、昭和三四年九月二四日に鄭泰俊及び朴相出間の二男として新潟県で出生し、東京都内の小学校、千葉県内の中学校及び高等学校を卒業し、昭和五五年に早稲田大学第一文学部に入学したが、昭和六〇年に中退し、昭和六一年から学習参考書の編集者として稼働し現在に至っている。

(四)  鄭泰俊、朴相出、鄭福溶及び原告は、昭和三六年に不法入国・在留の事実が発覚して退去強制手続が進められたが、昭和三七年三月一九日に鄭泰俊、鄭福溶及び原告に対し、同年四月一六日に朴相出に対し、それぞれ入管令五〇条一項三号に基づく特別在留許可が付与され、いずれも同令四条一項一六号、二項、旧特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号、二項三号に基づく期間一年の在留資格が認められた。

(五)  その後、原告は、一年毎に在留期間をそれぞれ一年とする在留期間更新許可処分を受けていたが、昭和四九年六月二一日に在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を受け、その後、昭和五二年、昭和五五年及び昭和五八年に同様の処分を受けた。

2  原告は、その所持する外国人登録証明書を紛失したため、昭和六〇年六月二七日にその居住する行政区域を管轄する東京都杉並区役所に赴き、登録証明書再交付申請を行ったが、窓口職員から再交付される外国人登録証明書の指紋欄等に指紋を押捺することを求められた際、折から高まりを見せつつあった外登法による指紋押捺を拒否する運動に呼応して、その一翼を担おうと考えていたため、指紋押捺を拒否する旨を表明し、押捺のない登録証明書を受領した(なお、当時、昭和六〇年五月一四日付け法務省入国管理局長通達(以下「五・一四通達」という。)によって、市区町村長に対し、外登法による指紋押捺をしなかった者を指紋不押捺意向表明者として、三か月間の説得期間を設け、その間は登録証明書を交付しない取扱いが求められていたが、杉並区はこれに従っていなかった。)。

3  その後、原告は、1の(五)の昭和五八年に受けた在留期間更新許可処分による在留期間が昭和六一年三月一九日に経過するために、同月一四日、東京入管局に赴き、被告法務大臣宛の在留期間更新許可申請書を提出したところ、同入管局係官から指紋押捺を拒否した理由を尋ねられるとともに押捺するよう説得を受け、さらに追加資料の提出を求められたので、同月一八日、原告作成に係る経歴書及び在留期間更新申請理由書並びに鄭福溶作成の身元保証書を同入管局に提出し、その際にも同入管局係官から同様の説得を受けたが、翻意しなかったところ、同年六月六日、同入管局において池田審査課長を通じ、被告法務大臣から、在留期間を昭和六二年三月一九日までの一年間とする在留期間更新許可処分である本件処分を受けた。

4(一)  一般に在留期間更新許可申請があった際には、被告法務大臣は、当該申請者の在留資格該当性、すなわち、当該申請者がそれまでにその在留資格に係る入管法四条一項各号に該当する者としての活動をしてきたかどうか、今後も当該活動を行う安定性又は継続性を有するかどうか、引き続いて当該活動を行う必要性があるかどうか等に関する事情を審査するとともに、在留状況、すなわち、当該申請者の生活状況、素行のみならず、経歴、特に日本における在留歴、家族・親族状況等に関する事情等を審査し、これらの各事情を総合的に斟酌して、更新の許否及び在留期間を決定することとしている。

(二)  原告の本件申請に対しては、被告法務大臣は、原告の在留資格が日本に居住することを目的とする入管法四条一項一六号、同法施行令二条三号に基づくものであるために、その在留資格該当性については特に問題とすることはしなかったが、その在留状況については、東京入管局から送付のあった原告の提出に係る前記在留期間更新許可申請書、経歴書、在留期間更新申請理由書、身元保証書並びに東京入管局の調査結果及び意見の記載された同入管局の意見書に基づき、原告の出生時からの経歴及び在留資格取得の経過、本件申請時の職業及び生活状況、家族の職業及び在留資格、原告が登録証明書の再交付申請に際して指紋押捺を拒否したこと並びに本件申請時に東京入管局係官から指紋を押捺するよう説得を受けたが、応じなかったことを把握した上、当時指紋押捺拒否者が激増していた社会状況等をも踏まえ、原告が外登法によって義務付けられた指紋押捺を拒否した事実を厳しく評価するとともに、他方、原告が日本で生まれ育ったこと、原告の両親及びその他の家族が日本で適法に在留していることなどの事情を斟酌し、引き続き在留すること自体は規制しないが、原告が指紋押捺拒否運動に関与する中で他の者の指紋押捺拒否行為を煽動・助長する行為に出るおそれがあるとして、右の関与の状況について一年後に再度審査することを相当と認め、在留期間を従前とは異なり一年とする在留期間更新許可処分である本件処分をしたものである。

(三)  なお、本件処分に当たって、被告法務大臣は、鄭泰俊の戦前の在日経過については把握していなかった。また、本件処分の前後において、被告法務大臣は、従前、三年間の在留期間を有していて指紋押捺を拒否した者の在留期間更新許可申請に対しては、在日韓国人・朝鮮人であると否とにかかわらず、在留期間一年の在留期間更新許可処分をするのが通例であった。

二  入管法二一条三項に基づく本件処分の違法性の主張について

1  原告は、日本政府が四三八号通達によって韓国人・朝鮮人の日本国籍を喪失せしめた措置は、憲法一〇条に違反して無効であるから、韓国人・朝鮮人は、少なくとも潜在的には日本国籍を有することとなり、外国人を適用の対象とする入管令・入管法の適用を受けることなく日本に居住し続ける権利を有するもので、韓国人の一人である原告に対して入管法二一条に基づいてされた本件処分は違法であると主張する。

しかしながら、日本は、日本国との平和条約二条(a)項により、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したものであり、また、同条約二一条により、朝鮮はその利益を受けるものとされているのであるから、朝鮮人は、同条約の直接の効果として、その発効に伴い、当然日本国籍を喪失したものと解すべきである。四三八号通達は単にその旨を明らかにしたものであり、同通達の効力として朝鮮人の日本国籍喪失があるものではない。同条約の発効にもかかわらず、韓国人・朝鮮人が潜在的に日本国籍を有する旨の原告の主張は、独自の見解であって採用するを得ず、右主張を前提として、原告に対して入管法二一条に基づいてされた本件処分が違法であるとする主張は理由がない。

2  また、原告は、原告に対しては四―一―一六―二該当者として、又はこれに準じて、これと同様に覊束的に期間三年の在留資格が認められ、かつその在留期間更新許可申請に対しては、入管法二一条三項は適用されず、必ず更新されなければならないものであるから、同項に基づく本件処分は違法であると主張するが、原告に四―一―一六―二該当者として、又はこれに準じて、覊束的に期間三年の在留資格が認められ、かつ、その在留期間更新許可申請に対しては、入管法二一条三項は適用されず、必ず更新されなければならないとする原告の主張は、第一の二の1のとおり、失当であるから、右主張を前提として、本件処分の違法をいう主張も理由がない。

3  さらに、原告は、原告のごとき立場にある在日韓国人からの入管法二一条一項に基づく在留期間更新許可申請に対する法務大臣の同条三項に基づく更新許可処分は覊束裁量行為であって、在留期間を三年とする在留期間更新許可申請があった場合には、法務大臣は、原則として申請のとおりの更新許可処分をしなければならないところ、本件処分は、右の覊束裁量性を逸脱した裁量判断に基づいてされ、考慮すべきでない事項を判断の基礎とし、考慮すべき事項を考慮しなかった違法があると主張するので、この点について検討する。

(一) まず、原告は、本件処分が、原告の在留期間更新許可申請に対して、被告法務大臣が自由な裁量によりこれを決定できるという立場でされている点で、入管法二一条三項の覊束裁量性を逸脱していると主張する。

しかして、原告が、原告のごとき立場にある在日韓国人からの入管法二一条一項に基づく在留期間更新許可申請に対する法務大臣の同条三項に基づく更新許可処分は覊束裁量行為であると主張する趣旨は必ずしも分明でないが、右のような在日韓国人から在留期間を三年とする在留期間更新許可申請があった場合においては、法務大臣は、原則として申請のとおりの更新許可処分をしなければならないという限度で、更新許可処分をするかどうか、また、更新許可処分をする場合に在留期間をどの程度とするかについての法務大臣の裁量権限が制約されるとの趣旨であるものとすれば、第一の二の2のとおり、被告法務大臣は、入管法四条一項一六号、同法施行令二条三号に基づく在留資格を有する者の在留期間更新許可申請に対して、更新許可処分をするかどうか、また、更新許可処分をする場合に在留期間をどの程度とするかについて広範な裁量権限を有し、申請者が原告のような立場にある在日韓国人であるというだけで、裁量権限に右の如き制約が課されるものとは解されないから、原告の前記主張はその前提を欠くもので理由がない。

(二) 次に、原告は、本件処分は、原告が指紋押捺拒否をした事実を考慮してされたものであるところ、指紋押捺制度は違憲であるのみならず、右事実を考慮することは、原告の良心に対する干渉となり、また、刑事処分を先取りするもので行政処分としての範囲を逸脱するものであり、さらに、在留期間を一年として原告の指紋押捺拒否運動に対する関わりをチェックしようとするもので、原告の政治的思想、信条を不利益処分の事由とするものであるから、本件処分は考慮すべきでない事項を判断の基礎とした違法があると主張する。

しかしながら、(一)のとおり、入管法四条一項一六号、同法施行令二条三号に基づく在留資格を有する者からの在留期間更新許可申請に対し、被告法務大臣は、更新許可処分をするかどうか、また、更新許可処分をする場合に在留期間をどの程度とするかについて、広範な裁量権限を有するものであるから、被告法務大臣が右申請に対し在留期間更新許可処分又は不許可処分を行うについてした裁量権の行使が違法となるのは、被告法務大臣の裁量判断の基礎とされた重要な事実に誤認があり、若しくは、裁量判断の基礎とすべき重要な事実を看過した結果、右判断が事実上の基礎を欠くこととなるような場合、又は、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかである場合などに限られると解するを相当とする。

しかるところ、本件処分に係る被告法務大臣の裁量判断の内容は、一の4の(二)のとおりであって、被告法務大臣が右裁量判断において、原告の指紋押捺拒否行為を厳しく評価したこと及び原告が指紋押捺拒否運動に関与する中で他の者の指紋押捺拒否行為を煽動・助長する行為に出るおそれがあるとし、右の関与の状況について一年後に再度審査することを相当と認めて本件処分をしたことを認めることができるが、原告が指紋押捺拒否行為を行い、かつ、本件申請に際しての東京入管局の係官の説得にも関わらず本件処分に至るまでその状態を継続していたことも一の2及び3のとおりであるから、被告法務大臣が裁量判断の基礎とした事実に重大な事実誤認があるということはできない。また、指紋押捺制度が憲法に違反しないことは後記三の3のとおりであり、そうであるとすれば、原告の右行為は、昭和六二年法律第一〇二号による改正前の外登法一四条に基づく指紋押捺義務を拒否した違法な行為と目されるべきものであるから、被告法務大臣の右事実に対する評価や原告の指紋押捺拒否運動への関与の状況について一年後に再度審査することを相当と認めたことが明白に合理性を欠くものであるということもできない。なお、原告の指紋押捺拒否行為が個人の良心に基づくものであるとしても、違法な行為自体を考慮することが直ちに良心に対する干渉となるとはいえないし、また、刑事処分と行政処分とはそれぞれ独自の要件及び判断に基づいて相互に独立して行われるものであるから、刑事処分の手続が行われているか否かにかかわらず、本件処分をするについて右行為を考慮することは妨げられず、また、違法でないことは明白である。

また、原告は、被告法務大臣が、指紋押捺拒否運動に積極的に関与してきた原告の在留期間を短縮することによって、右運動の鎮圧を意図していたことが窺えると主張するけれども、被告法務大臣が本件処分に係る裁量判断において右のような意図を有していた事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件処分は考慮すべきでない事項を判断の基礎とした違法がある旨の原告の主張も失当である。

(三) 原告は、本件処分は、鄭泰俊及び原告の日本在留の経過とその歴史的意味を全く考慮せず、また、従前三年であった原告の在留期間が一年とされることにより、原告が様々な実生活上の不利益及び重大な精神上の負担を被ることを顧慮しないで行われたものであるから、考慮すべき事項を考慮しなかった違法があると主張する。

しかして、入管法四条一項一六号、同法施行令二条三号に基づく在留資格を有する者からの在留期間更新許可申請に対し、被告法務大臣が在留期間更新許可処分又は不許可処分を行うについてした裁量権の行使が、その裁量判断の基礎とすべき重要な事実を看過した結果、右判断が事実上の基礎を欠くこととなるような場合に、違法となるものと解すべきことは、(二)のとおりであるが、原告が、本件処分に当たって考慮されなかったとして縷々主張する事実は、仮に、これが被告法務大臣が本件処分を行うについてした裁量判断において、特に取り上げられてその基礎とされなかったとしても、それがため、一の4の(二)のような事実を基礎としてされた裁量判断が事実上の基礎を欠くことになるとまではいえないから、原告の右主張も理由がない。

(四) 以上のとおり、本件処分をするについて被告法務大臣が行った裁量判断に違法があるとする原告の主張は、いずれも失当である。

三  指紋押捺拒否行為を理由とする本件処分の違法性の主張について

被告法務大臣が本件処分に当たり行った裁量判断において、原告が指紋押捺拒否行為をしたことを取り上げて判断の基礎とし、これを厳しく評価したことは、一の4の(二)のとおりであるところ、原告は、昭和六二年法律第一〇二号による改正前の外登法一四条に基づく指紋押捺制度が、憲法一三条、一四条一項、国際人権規約B規約七条、二六条に違反するものである旨主張するので、この点について検討する。

1  外国人登録制度の沿革及び目的

(一)(1) 成立に争いのない乙第八号証の一によれば、戦後の外国人登録制度は、昭和二二年に公布施行された外登令の定めによって始ったことが認められるところ、同令は、日本に居る外国人に対し、所要の事項の登録を申請すること(同令四条、七条、八条)及び右申請をしたときに交付される登録証明書(同令六条)を携帯すること(同令一〇条)を義務付けていたが、同令一一条は、台湾人のうち一定のもの及び朝鮮人を同令の適用について当分の間外国人とみなす旨定めていたので、当時日本国籍を有するとされていた在留朝鮮人等も右登録制度の対象となった。その後、昭和二四年政令第三八一号による外登令の改正により登録証明書の有効期間が交付の日から三年とされて、右期間満了前に新たな登録証明書の交付申請をすること(登録の切替)が義務付けられた(右改正後の同令八条の二)。

(2) その後、日本国との平和条約の最初の効力発生の日である昭和二七年四月二八日に公布施行された外登法によって外登令が廃止されて、外国人登録制度は同法に引き継がれ、指紋押捺制度が導入される等の制度の改革整備が行われた。

(3) 外登法は、その後数次の改正を経て現在に至っているが、原告が指紋押捺拒否行為をした昭和六〇年六月二七日ないし本件処分時である昭和六一年六月六日当時の外国人登録制度の概要は次のとおりであった(ただし、指紋押捺については後述する。)。

外国人登録制度は、日本に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする(同法一条)。日本に在留する外国人は、所定の期間内に居住地の市区町村長に対し、外国人登録申請書その他所定の書類及び写真を提出して新規登録の申請をしなければならず、市区町村長は、右登録の申請があったときは、当該申請に係る外国人について、氏名、生年月日、国籍、出生地、職業、在留資格、在留期間、居住地等所定の事項を外国人登録原票に登録してこれを市区町村の事務所に備えるとともに、登録原票の写票を法務大臣に送付し、また、当該申請に係る外国人に登録原票と同一の事項を記載した登録証明書を交付する(昭和六二年法律第一〇二号による改正前の同法三条及び四条、同法五条)。登録をした外国人は、居住地その他登録原票の記載事項に変更を生じたときは、市区町村長に対し所定の変更登録の申請を行って登録証明書の記載事項の書換えを受けるほか、登録証明書が毀損若しくは汚損したときは登録証明書の引替交付申請を、また、紛失等により登録証明書を失ったときは登録証明書の再交付申請を、それぞれ市区町村長に対し、各申請書その他所定の書類及び写真を提出して行って、新たな登録証明書の交付を受け、また、市区町村長は、引替交付申請及び再交付申請の際には、登録原票の記載が事実にあっているかどうかの確認をする(同法六条、昭和六二年法律第一〇二号による改正前の同法七条、八条及び九条)。以上のほか、一六歳以上の外国人は、新規登録、引替交付申請若しくは再交付申請の際の市区町村長の確認若しくは後記確認申請の際の確認を受けたときから五年を経過する時又は一六歳に達した時に、市区町村長に対し申請書その他所定の書類及び写真を提出して登録原票の記載が事実にあっているかどうかの確認申請(登録証明書の切替交付申請)を行い、新たな登録証明書の交付を受ける(昭和六二年法律第一〇二号による改正前の同法一一条)。また、外国人は登録証明書を常に携帯し、入国審査官、警察官その他所定の公務員から提示を求められたときには提示をしなければならない(昭和六一年法律第九三号による改正前の同法一三条)。なお、以上の申請又は登録証明書の携帯、提示の懈怠等をした者に対しては罰則がある(昭和六二年法律第一〇二号による改正前の同法一八条ないし一九条)。

(二)(1) 右(一)の事実に前掲乙第八号証の一及び弁論の全趣旨を総合すると、外国人登録制度は、在留外国人の公正な管理に資するために、日本に戸籍がなく住民登録を行っていない在留外国人につき、その氏名、生年月日等の身分事項や在留資格、在留期間あるいは日本における居住地、職業等を、市区町村の事務所に備え付けられる登録原票に登録することにより、その在留の実態を明確にしようとするものであって、登録原票は日本に在留する外国人の居住関係及び身分関係を登録する唯一の公簿としての性格をも有するものであること、また、外国人登録は、登録済証明書の発給及び登録事項の照会等を通じ、出入国管理行政を始め、徴税、教育、福祉等外国人に対する各種行政の適正な運用に資するとともに、外国人自身が就学、就職、結婚、商取引等に関し、自らを証明する資料ともなっていることを認めることができる。

(2) 原告は、外登法の前身である外登令が在日朝鮮人・台湾人の治安管理のために制定されたものであり、外登法も主として在日韓国人・朝鮮人を管理取締りの対象としたと主張するところ、原告の主張する「治安管理」「管理取締り」の意味するところが必ずしも分明ではない上、外登令は、外国人が日本に入ることを原則として禁じ(同令三条)、また、連合国軍の将兵、その家族等を同令の対象とする外国人から除外していた(同令二条)ので、同令による登録の対象となる者の大部分は、同令制定当時日本に在留していた外国人であり、その多くは同令一一条により外国人とみなされていた台湾人及び朝鮮人であったであろうこと(前掲甲第二二号証の一及び弁論の全趣旨によれば、当時の在日朝鮮人の数は約五〇万人余りであったことが認められる。)及び在留外国人中の朝鮮人の割合が外登法制定当時に至ってもさほど変化していなかったであろうことは推認に難くないものの、外登令、外登法ともにその適用の対象がこれらの者に限られている訳ではないことは、その法文上明らかであり、また、外登令、外登法が専らこれらの者を管理するために外国人登録の制度を設けたことを認めるに足りる証拠もないので、原告の右主張は失当である。

2  指紋押捺制度の沿革、運用実態及び目的

(一)(1) 指紋押捺制度が外登法によって導入されたものであることは1の(一)の(2)のとおりである(ただし、指紋押捺制度に係る規定である同法一四条及び不押捺等に対する罰則の規定である同法一八条一項八号の施行日は、同法附則一項、昭和三〇年政令第二五号により昭和三〇年四月二七日)。しかして、前掲乙第八号証の一、成立に争いのない乙第八号証の二、原本の存在及びその成立に争いのない甲第二一号証及び弁論の全趣旨によれば、外登令施行当時は、人物の特定及び同一人性の確認には専ら写真を用いていたこと、旅券等身分を証明する客観的資料に基づくことなく本人の申立てのみによって登録を行わざるを得ず、また、朝鮮人団体による不当な集団登録(代表者による一括申請)などもあったこと、当時は、戦後まもなくで社会情勢が相当混乱していた上、朝鮮半島を中心とする地域から多数の不法入国者が流入していたこと、外国人登録が食料、衣料などの配給の基礎とされていたことなどの事情があって、一人が二重、三重に重複して登録をしたり、虚無人名義で登録をしたり、他人の登録証明書を入手してその者になり代わるなどの不正が続出して、その数は数万人にも及ぶものと推定され、指紋押捺制度は、このような不正に対処するために外国人を特定するとともに、その同一人性を確認する目的で導入されたものであることを認めることができる。

(2) 外登法の数次にわたる改正により、指紋押捺制度にも変遷がみられたが、原告が指紋押捺拒否行為をした昭和六〇年六月二七日ないし本件処分時である昭和六一年六月六日当時の同制度の概要は次のとおりであった。

日本に在留する一六歳以上の外国人(一年未満の在留期間を決定され、その期間内にあるものを除く。)は、新規登録申請、登録証明書の引替交付申請及び再交付申請並びに確認申請をする場合に、登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋を押捺しなければならず(昭和六二年法律第一〇二号による改正前の外登法一四条一項)、市区町村長は、指紋の押捺された指紋原紙を法務大臣に送付しなければならない(昭和六三年法務省令第八号による改正前の外国人指紋押捺規則六条)。押捺すべき指紋は原則として左手ひとさし指の指紋で(昭和六三年政令第一二号による改正前の外国人登録法の指紋に関する政令四条一項)、市区町村の事務所に備える用具を用い、手指の第一関節を含む指頭掌側面で、指頭を回転しながら(いわゆる回転指紋)押さなければならない(昭和六〇年政令第一二五号による改正前の外国人登録法の指紋に関する政令二条。ただし、右改正により、昭和六〇年七月一日からは手指の第一関節を含む指頭の掌側面の正面の部分(いわゆる平面指紋)で押さなければならないとされた。)。指紋押捺を拒否した者等に対しては罰則がある(外登法一八条一項八号)。

(3) 前掲乙第八号証の一及び弁論の全趣旨によれば、指紋は、万人不同、終生不変という特性を有するので、人物を特定する最も確実な手段であり、かつ、二つの指紋を肉眼で対照することにより、多くの場合、比較的容易にその同一性の有無を確認することもできるほか、肉眼ではこれを確認できない場合であっても、専門的鑑識により、最終的かつ絶対的にその同一性の有無を確定することができること、他方、顔写真は、容易に同一人性の確認に供し得るという利点を有するが、年齢・化粧等による容貌の変化や撮影時の光線の具合等によって同一人の写真でも微妙な差が生じ得るし、他人の写真であっても容貌が相似して区別がつかない可能性もあるから、指紋のような絶対性を有するものではなく、この点において、同一人性の確認の手段としては十分ではなく、また、同様の理由で、人物の特定のための手段としても不十分であること、その他の方法については、署名は東洋人等には習慣として定着しておらず、かつ筆跡による同一人性の確認は困難であり、また、押印は印鑑を他に交付することによって容易に他人が行使し得るものであり、身体的特徴の記載も類似性の多いものであって確実に人物を特定する資料としては不十分であることを認めることができ、右事実によれば、人物の同一人性の確認には指紋、写真ともにそれぞれ利点を有するが、写真は指紋のような絶対的確実性を有するものではなく、この点における指紋の有効性は写真のそれと比べ質的な相違があり、また、このことは人物の特定についても同様であること及び指紋、写真以外の方法はいずれの点においても、右両者に劣ることが認められる(なお、外国人登録の各申請の際に写真を提出することは1の(一)の(3)のとおりであり、また、同一人性の確認に写真も併用されることは後記(二)の(2)のとおりである。)。

(二)(1) 前掲乙第八号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、市区町村長から法務大臣に送付される指紋の押捺された指紋原紙は法務省当局において登録番号順に整理されて、次に送付されるべき同一人の指紋原紙の指紋との照合用の容体として、あるいは、人物の同一人性に疑いが生じた場合の指紋の対比照合用の客体として保管されていること、法務省当局においては、指紋押捺制度の実施された昭和三〇年以降、(一)の(1)のような不正を発見防止するため、送付された指紋原紙の指紋を換値分類(指紋をその紋様によって換値化することで、多数の指紋のうちに同一のものがあった場合にその発見を容易とする。)して照合し、昭和三二年から昭和三六年までに五六件の二重登録の不正を発見したこと、右換値分類の作業は、多くの人手を必要とし、右のような形態の不正がほぼ一掃されたことや行財政改革の必要等の事情もあって、昭和四五年に中止されたが、右中止後も、確認申請や登録証明書の再交付申請等があった都度送付される指紋原紙の指紋を肉眼で前回送付された同一人の指紋原紙の指紋と照合し、右申請を受けた市区町村における申請人の同一人性の確認を点検補完する作業が行われていたこと(二つの指紋を肉眼で対照することにより、多くの場合、比較的容易にその同一性の有無を確認することができることは、(一)の(3)のとおりである。)、その後、昭和四九年に、業務の簡素合理化を図る必要性や、登録原票用紙一枚で七回分の確認申請や登録証明書の再交付申請等に用いられ、その都度指紋押捺がされて使用済みとなった登録原票が近い将来法務省に送付される予定となっていて、二回目以降押捺された指紋の確認は右送付される登録原票の指紋でまかなうことができることなどの理由で、二回目以降の指紋押捺については、指紋原紙の法務大臣への送付を省略できることとされ、指紋原紙による照合は中止されたが、昭和五五年法律第六四号による外登法の改正により登録証明書の海外持ち出しが可能となり、また、昭和五七年法律第七五号による外登法の改正により確認申請期間が従前の三年から五年に変わったことなどから、人物の入れ替わりの危険性が増したため、昭和五七年以降、省略されていた二回目以降の指紋押捺に係る指紋原紙の法務大臣への送付を再開し、法務省当局において、市区町村における申請人の同一人性の確認の点検補完のため、肉眼で照合する作業を再度行っていたことを認めることができる。

(2) 他方、前掲甲第二二号証の一、乙第八号証の一、二、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一六号証の一、二、第二二号証の二に弁論の全趣旨を総合すると、原告が指紋押捺拒否行為をした昭和六〇年六月二七日ないし本件処分時である昭和六一年六月六日当時、取扱要領には、「市区町村長は申請の受理又は登録証明書の交付等に際して出頭した者が本人である場合は写真などによりこれを確認しなければならない」との定めがあったこと、各市区町村の外国人登録事務の担当者に対しては定期的に各種研修が実施されていたが、昭和五六年四月ころから昭和六一年三月ころまでの間は、指紋の照合確認作業を実地に行うような研修科目はなかったこと、右の間、東京都世田谷区役所の外国人登録係では、係員に指紋鑑識の専門的能力がないとの理由で、確認申請や登録証明書の再交付申請等の際に登録原票に押捺された指紋を前回押捺された指紋と照合して同一性を確認するようなことはほとんどなく、申請者の同一人性の確認は専ら写真によって行っており、また、他の多くの市区町村においても概ね同様であったこと、法務省入国管理局長は、五・一四通達で、市区町村長に対し、指紋を肉眼で照合し、同一性の確認に努めるよう指示したが、それまではこのように指紋の照合確認を明示的に市区町村長に指示した通達等はなかったこと、鮮明に押捺された二個の指紋を見比べれば、指紋鑑識の知識、経験や専門的能力がなくとも、多くの場合、それが同一であるか否かを確認することは可能であることを認めることができ、以上の事実に、昭和六二年法律第一〇二号による改正前の外登法一四条五項が、市区町村長に対する新規登録申請、確認申請、登録証明書の再交付申請などの際の指紋押捺は、右各申請に伴って交付される登録証明書の受領と同時に押捺するものとしていたこと、並びに1の(一)の(3)及び2の(一)の(2)のとおり、登録原票は、新規登録申請、確認申請、登録証明書の再交付申請等の都度、指紋が押捺されて市区町村長事務所に備えられていたことを併せ考えると、市区町村においては、昭和六〇年六月二七日ないし昭和六一年六月六日当時、確認申請、登録証明書の再交付申請等の都度、本来は、申請者の同一人性の確認のために、新たに押捺される指紋を前回押捺された指紋と照合確認する作業が要求されていたものであるが、現実には、多くの市区町村においては、右照合確認作業が行われておらず、また、法務省当局においても、五・一四通達までは、必ずしも各市区町村長に対し、右照合確認作業の励行を指示していなかったことを推認し得る。

(3) 前掲甲第一六、第二二号証の各一、二、乙第八号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すると、昭和三〇年以降の、警察職員その他公務員による登録原票等の借受け、閲覧、複写等の取扱いに関する法務省当局から各市区町村長等に対する指示内容に関しては、昭和三七年までは都道府県知事の判断で登録原票又は指紋原紙(当時都道府県知事に対しても指紋原紙が送付されていた。)を警察職員を含む公務員に貸し出すことができるとされていたこと、同年に、右貸し出し制度が廃止され、市区町村長は、警察職員を含む公務員が登録原票の閲覧複写を願い出たときは、事務に支障をきたさない限り認めて差し支えないとされたこと、その後、昭和五二年には、市区町村長は、警察職員を含む公務員から登録原票の閲覧、写しの交付を求められた場合その他登録事項の照会があったときは、事務に支障をきたさない限りこれに応ずるものとされ、さらに、昭和五五年には、市区町村長は、一般の公務員からの登録事項の照会に対しては、その必要性と当該外国人のプライバシーの保護の確保を確認した上でこれに応ずるものとされたのに対し、司法警察職員から法令の規定に基づき登録原票の閲覧、写しの交付の請求その他登録事項の照会があったときは、これに応ずるものとされていたこと、以上の登録原票の貸出し、閲覧、複写、写しの交付等について、押捺されている指紋の部分を除外する旨の指示は特になかったこと、昭和四八年のいわゆる金大中拉致事件に際して、法務省当局は、外国人登録の指紋を、外登法関係以外の一般事件の犯罪捜査の用に供したことがあること、昭和五六年四月頃から昭和五八年一一月頃までの間、東京都世田谷区においては、警察官が区役所庁舎内において登録原票を自由に閲覧することを許し、また、司法警察員から刑事訴訟法一九七条二項に基づく捜査関係事項照会として登録原票の写しの送付依頼があれば、押捺された指紋部分を含めてこれを電子コピーで複写して送付していたが、同月、この種の取扱いがされていることを地方自治体職員が法廷で証言した旨新聞紙上で報道されてからは、警察官が自由に登録原票を閲覧することはなくなり、また、捜査関係事項照会に対しては登録原票の指紋部分を除いたコピーを送付するようになったこと、昭和六〇年に、法務省入国管理局長は、五・一四通達で市区町村長に対し、登録原票の指紋については司法警察職員からの照会に対しても直ちに応じないで、法務省当局に伺いをたてることを指示し、かつ、法務省当局は、外登法又は入管法違反事件で指紋の照合を必要とする場合以外は照会に応じない取扱いとすることを決めたことを認めることができ、以上の事実関係によれば、従前、多くの市区町村長等においては、その保管に係る登録原票等の指紋をかなり安易に警察当局に提供し、これが一般犯罪の捜査の用に供されていた可能性があることが推認されるところではあるが、その後に、かかる取扱いは改められて、外国人登録の指紋を一般犯罪の捜査の用に供することはなくなったことを認めることができる。

(三)(1) 前掲甲第二一号証、乙第八号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、昭和二四年政令第三八一号による外登令の改正によって登録切替制度が導入されてから最初の一斉登録切替の時期に当たる昭和二五年二月に約五万人の、外登法の施行により同法による登録が一斉に行われた昭和二七年一〇月に約三万人のそれぞれ登録人員の減少が見られ、この人員減少分はほとんどが不正登録分であると推定されること、その後昭和二九年の一斉登録切替時には、このような登録人員の減少が見られず、また、指紋押捺制度が実施された昭和三〇年以降の一斉登録切替時にも目立った登録人員の減少はなかったこと、昭和四九年から昭和五六年までの間に他人の登録証明書を入手してその者になり代わる不正が三四六件判明したが、その大半は、入手時期が昭和三〇年以前で、その後の指紋押捺制度の実施後は、他人名を詐称して登録していながら自己の指紋を押捺していたために、指紋の照合によっては発見できなかったものであることを認めることができ、右事実によれば、昭和二五年及び昭和二七年の不正登録の減少は登録切替の効果であって、指紋押捺制度は直接これに関係していなかったこと(もっとも、外登法は、昭和二七年四月二八日に公布されて指紋押捺制度を除き施行されており、かつ、指紋押捺制度の施行も近い将来に予想されていたのであるから、指紋押捺制度が同年の不正登録の減少と全く無関係であるかどうかには疑問が残る。)及び右の昭和四九年から昭和五六年までの間の三四六件の不正判明も、直接には、指紋押捺制度の効果ではなかったことを認めることができるが、他方、(二)の(1)のとおり、指紋押捺制度の効果として、昭和三二年から昭和三六年までの間に五六件の二重登録の不正が発見されているほか、(一)の(3)のような指紋の特性を考慮すると、指紋押捺制度の存在する下で、他人の登録証明書を入手してその者になり代わることが極めて困難であって、発覚の危険性が大きいことは、誰にでも容易に推測し得ることであり、指紋押捺制度の実施後に敢行されたこの種の不正の判明数が僅少であることは、指紋押捺制度によってこの種の不正が抑止されていることを推認させるものということができる。

(2) なお、前掲甲第二二号証の二、乙第八号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、日本に不法に入国し又は不法に残留して摘発を受けた外国人の数は、終戦後まもなくの頃と比べ一旦は大幅な減少が見られたが、昭和六一年頃から、主として東南アジア方面から短期の入国許可を受けて入国し、期間経過後も残留する出稼ぎ目的の不法残留者を中心として、急激な増加傾向に転じ、摘発を免れている者の数を加えれば数万人にも及ぶこと、これらの者の中から適法な残留者を装うために他人の登録証明書を入手してその者になり代わる例が生ずることが、かねてより憂慮されていたところ、近時、その例が散見されるに至ったことを認めることができる。

(四)(1) 右(一)ないし(三)の各事実を総合すると、指紋押捺制度は、1の(二)の(1)のような目的を有する外国人登録制度の下において、外国人を特定するとともに、その同一人性を確認することを目的とするものであって、外国人登録制度の実施の過程で、不正登録や他人の登録証明書を用いてその者になり代わるといった不正が頻発したことに鑑み、これに対処する最も有効な手段である指紋を用いることによって、右のような不正を防止するべく導入されたものであること、指紋押捺制度は、過去に直接二重登録の不正の発見、是正に効果を挙げたほか、不正登録等を思い止まらせる抑止的効果を有し、右のような不正の防止に寄与してきたし、現に寄与していること、原告が指紋押捺拒否行為をした昭和六〇年六月二七日ないし本件処分時である昭和六一年六月六日当時においても、右のような不正に対処するために指紋押捺制度を維持する必要性がなお存続していたことを認めることができる。

(2) 原告は、指紋押捺制度を必要とするような立法事実が存在しないと主張するけれども、(1)のとおり、右制度を必要とする立法事実は、その導入時においてはもとより、昭和六〇年六月二七日ないし昭和六一年六月六日当時においてもなお存在していたから、右主張は失当である。

(3) また、原告は、指紋押捺制度の運用実態に照らしても、関係諸機関において、(1)の目的に合致するような体制がとられておらず、また、これに合致するような運用もされていないと主張するところ、法務省当局においては既に指紋の換値分類を中止し、また、指紋原紙の送付及び照合も中断した時期があったこと、さらに、市区町村においては確認申請、登録証明書の再交付申請などの際、人物の同一人性確認のための指紋の照合確認の作業を必ずしもしていなかったことは、(二)の(1)及び(2)のとおりである。しかしながら、法務省当局における換値分類の中止にはそれなりの合理的な理由があると認められるほか、右中止後も肉眼による指紋の照合は行われていたのであって、それによっても人物の同一人性の確認に有効性が認められることも、(二)の(1)のとおりであり、のみならず、そのときどきにおける不正登録等の内容やその数、行財政事情その他の諸条件によって、指紋の照合の方法や照合のための体制が適宜選択されるべきことは、行政措置としてむしろ当然のことでもあり、以上の事情を考慮すれば、換値分類が中止されたからといって、指紋押捺制度の目的に合致した体制がとられておらず、運用もされていないとは到底いい得ない。また、指紋原紙の送付及び照合の中断についても同様にそれなりの合理的な理由があるほか、中断後の措置が講じられていたことは、(二)の(1)のとおりである。さらに、市区町村における指紋の照合確認作業に格別の物的設備を要しないことは、(二)の(2)で述べたことから明らかであり、そうであれば、同一人性に疑問が生じた場合には直ちに右照合確認作業を行うことができる状態にはあったのであるから、現実には同一人性の確認のために指紋の照合確認作業が必ずしも行われていなかったとしても、指紋押捺制度の運用自体がその目的に合致しないとまでいうことはできない。

(4) さらに、原告は、指紋押捺制度は在日朝鮮人を対象とした治安管理という不合理かつ差別的な意図をもって導入されたものであり、公安警察による在日韓国人・朝鮮人に対する情報収集、捜査のためにのみ、その目的及び機能を有し、これがため、現在に至るまで、維持、運用されてきたものであると主張するところ、右主張のうち、在日朝鮮人を対象とした治安管理という不合理かつ差別的な意図をもって導入されたとの点については、原告の主張する「治安管理」の意味するところが必ずしも分明ではない上、外登法が、専ら在日朝鮮人を不当に差別して管理するために指紋押捺制度を設けたことを認めるに足りる証拠もないから、失当である。しかし、公安警察による在日韓国人・朝鮮人に対する情報収集、捜査のためにのみ、その目的及び機能を有するとの主張については、(二)の(3)のとおり、従前、多くの市区町村等において、その保管に係る登録原票等の指紋をかなり安易に警察当局に提供していた事実が推認され、これが一般犯罪の捜査の用に供されていた可能性があることは否定できないのであって、指紋押捺制度に対し、原告の右主張のような非難が加えられることはあながち根拠のないことではない。しかしながら、右のような取扱いが制度本来の目的に沿わないものであることは、(1)に述べたこと及び右取扱いがその後是正されていることから明らかなところであり、過去において、右のような取扱いがされたことがあるからといって、直ちに指紋押捺制度が警察による在日韓国人・朝鮮人に対する情報収集、捜査を目的として導入されたということはできないし、また、(1)のような制度目的がそのように変容したものということもできない。

(5) なお、原告は、国際比較から、日本の指紋押捺制度が特異かつ不合理であるとも主張するが、その比較の方法は、要するに、主張の先進国のうちの外国人に対する指紋押捺制度を有する国の数、外国人に対する指紋押捺制度を有する国のうちの自国民にも指紋押捺義務を課している国の数、外国人に対する指紋押捺制度を有する国のうちの国籍についての出生地主義を採用する国の数をそれぞれ取り上げて論ずるものであるところ、その取り上げたところが、それ自体外国人に対する指紋押捺制度に関する国際比較の方法として合理性を有するものであるかどうかについて甚だ疑問であるのみならず、およそ各国の置かれた国際環境やその抱える国内事情は決して一律ではなく、外国人管理に関してもそれぞれの国に特有な問題点を抱え、そのような事情に応じて各国がその主権の一内容として定める外国人管理のための制度が異なるものとなり得ることはいうまでもないことであって、この点を捨象し、単に右のような比較から、日本の指紋押捺制度が特異かつ不合理であるとする結論には到底左袒し得ない。

3  指紋押捺制度が違憲、違法であるという主張について

(一)(1) 原告は、指紋押捺制度が個人の尊厳を著しく侵害するもので憲法一三条に違反するものであると主張する。

しかして、指紋は、2の(一)の(3)のとおり、万人不同、終生不変という特性を有し、これによって確実に人物を特定することのできるものであるから、個人についての様々な情報のうちでも最も私的性格の強いものの一つであるということができ、したがって、指紋に関する情報が国家によってみだりに管理されるとすれば、個人の私生活上の自由に重大な影響を及ぼすこととなることは明らかである。他方、憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家によってみだりに侵害されない権利をも保障しているものと解されるから、この意味において、国民は、憲法一三条に基づき、国家によってみだりに指紋を採取されない権利を有するものというべく、したがって、国家がその権力によって、国民に対し、指紋を採取、保管、利用することの受忍を強制する制度は、それが後述のような公共の福祉に基づく合理的な理由に基づくものでない限り、同条に違反するものというべきである。そして、憲法一三条に基づく私生活上の自由が国家によってみだりに侵害されない権利の保障は、外国人と日本国民との法的地位の相違によって、これに対する制約に程度方法の上で差異が生じ得ることは別として、原則的には日本に在留する外国人に対しても及ぶものと解されるから、右に述べたことは、日本に在留する外国人との関係においても、妥当するものということができる。

(2) しかしながら、右のような権利も、公共の福祉に基づく合理的な理由がある場合には相当の制約を受け得ることは、憲法一三条の文言に照らしても明らかなところであるから、指紋押捺制度が右のような合理的な理由による相当の制約に当たる場合には、右制度をもって憲法一三条に違反するものということはできない。

しかして、指紋押捺制度の前提である外国人登録制度が、在留外国人の公正な管理に資するために、日本に戸籍がなく住民登録を行っていない在留外国人につき、その氏名、生年月日等の身分事項や在留資格、在留期間あるいは日本における居住地、職業等を登録原票に登録することにより、その在留の実態を明確にしようとするものであることは、1の(二)の(1)のとおりであって、これが正当な制度目的を有することは明らかであるところ、右制度目的を維持するためには、登録に当たって、外国人の正確な特定がされることをまず必要とするとともに、登録上特定されている外国人と現実にその者であるとして在留している者との間の同一人性を確認する手段が講じられていることが必要であることはいうまでもない。そして、指紋押捺制度が、外国人登録制度の制度目的を害する不正に対処すべく、右の外国人の特定及び同一人性の確認のための確実な手段として導入されたもので、右不正の防止に効果を挙げ、かつ、原告が指紋押捺拒否行為をした昭和六〇年六月二七日ないし本件処分時である昭和六一年六月六日当時において、なお不正防止のためにその存続の必要性が認められることは、2の(四)の(1)のとおりであり、他方、指紋押捺制度と同様の効果を有しつつこれに代わることのできる他の方法が見出し難いことは、2の(一)の(3)に述べたことから明らかであるし、また、指紋の押捺それ自体が、押捺者に肉体的・生理的な苦痛や身体に対する悪影響をもたらすものとも考えられない。

そうすると、指紋押捺制度が正当な制度目的を有し、かつ、その目的を達成するために必要かつ合理的であることは明らかであるから、公共の福祉に基づく合理的な理由による相当の制約に当たるものとして、憲法一三条に違反するものではないというべきである。

(二) また、原告は、指紋押捺制度は、国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」に該当するから、同条に違反する旨主張する。

しかしながら、指紋押捺制度が正当な制度目的を有し、かつ、その目的を達成するために必要かつ合理的であることは、(一)のとおりである。また、指紋は、通常他人の目に触れる部位である指先にあり、指紋を押捺する行為も、それに何らの意味付けもせず、行為自体を取り出してみれば、格別屈辱的な行為というに当たらないことは、それが、外形的には、しばしば押印の代替行為として行われる指印とほとんど変わりないことからも明らかである。なお、指紋が犯罪捜査において重要な役割を果してきたことは公知の事実であり、したがって、指紋の採取に対し犯罪者扱いされたような心理的抵抗を感ずる者が少なからずあろうことは推測するに難くないところであるが、指紋押捺制度が犯罪捜査を目的とするものでないことは、1の(二)の(1)のとおりであり、また、前掲乙第八号証の一、二によれば、外国人に指紋の押捺を義務付け、又は自国民にも一律にこれを義務付けている国が相当数存在することが認められるところ、このことから見ても、指紋の採取が直接的に犯罪捜査に結び付くという関係を有するものでないことは明らかであり、前記のような心理的抵抗感は、右の点を理解しない多分に情緒的かつ非合理な反応であるといわざるを得ない。したがって、指紋押捺制度は、国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」に該当するとは考えられず、原告の右主張は失当である。

(三) 原告は、さらに、指紋押捺制度が、在日韓国人・朝鮮人その他の在留外国人を、何らの合理的な理由なく、不当に日本国民と差別して取り扱うものであるから、憲法一四条一項及び国際人権規約B規約二六条に違反するものであると主張する。

しかしながら、憲法一四条一項は、原則的には、外国人に対しても適用されるというべきであって、何ら合理的な理由なく外国人と日本人とを差別する法制度は同条に違反するものというべきであるが、外国人と日本国民との法的地位の相違等に基づき、専ら外国人を対象とする法制度が日本国民を対象とする法制度と内容を異にし、又は法の適用場面に差異が生ずることは免れ得ないものというべく、このような法制度の違い又は法の適用場面における相違が、合理的な理由に基づくものであって、かつ、必要と認められる範囲に止まる限りにおいては、憲法一四条一項に違反するものということはできない。また、このことは、国際人権規約B規約二六条についても同様というべきである。

しかるところ、指紋押捺制度が、正当な制度目的を有する外国人登録制度の一環として、登録の正確性を維持し、登録に関する不正を防止するための制度であって、正当な制度目的を有し、かつ、必要な範囲内に止まることは、(一)の(2)のとおりであるから、憲法一四条一項及び国際人権規約B規約二六条に違反するものとはいえず、原告の右主張も失当である。

4  以上によれば、指紋押捺制度が違憲、違法であることを前提として、本件処分の違法をいう原告の主張は、その前提を欠くものであって失当であるというほかはない。

四  その他の理由による本件処分の違法の主張について

1  憲法一四条一項違反の主張について

(一) 協定永住者との差別の主張について

原告は、被告法務大臣が、協定永住者であって原告と同様に指紋押捺拒否行為をした者については指紋押捺拒否を理由にその者の在留資格を不利益に変更することはしていないとし、協定永住者に該当するか否かは、些細な事情によって決定されるものであり、日本に定住してきた鄭泰俊の子で、出生以来日本に居住し、将来も居住する意思を有する原告を協定永住者である韓国人と区別すべき合理的理由は何ら存在せず、被告法務大臣が、原告の指紋押捺拒否を理由として、原告に対し在留期間を短縮する本件処分をしたことは、原告を協定永住者たる在日韓国人に比して不当に差別するものであり、憲法一四条一項に違反するものであると主張する。

しかしながら、当然に在留期間の更新を求め得る権利を有するものではない原告のような入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する外国人と、国家の外国人の受入れ及び在留期間更新の許否に関する自由を制約する特別の条約に当たる日韓地位協定に基づいて協定永住権を取得した外国人との間に、その入管法上の地位につき顕著な相違があることは、第一の二の2の(一)及び(二)に述べたことから明らかであって、これを区別する合理的な理由が存在しないことを前提とする原告の主張は、その前提を欠くものであって、失当であることが明らかであるのみならず、そもそも、当然に在留期間の更新を求め得る権利を有するものではない原告に対して、在留期間を一年とする在留期間更新を許可したものである本件処分と、協定永住者についてその在留資格を変更する処分とを対比することにも合理性を見出し得ない。

(二) 他の指紋押捺拒否者との差別の主張について

原告は、原告と同様在留期間を限られて日本に居住する者で、過去に指紋押捺を拒否した者の中には、指紋押捺拒否の事実を、在留期間更新時の在留期間の決定に際して全く不利益に考慮されていない者が多数存在するとし、被告法務大臣は、指紋の押捺を拒否している外国人に対し、在留期間更新制度を恣意的に運用することによって、原告を不当に差別しているものであるから、本件処分は、憲法一四条一項に違反するものであると主張する。

しかしながら、原告のように、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する外国人の在留期間更新許可申請に対し、法務大臣は、これを許可するかどうかについてはもとより、許可する場合にその在留期間を三年を越えない範囲内でどの程度にするかについても、広範な裁量権限を有することは、第一の二の2の(二)のとおりであり、また、このことは他の在留期間を伴う在留資格で在留する外国人の在留期間更新許可申請についても妥当するというべきところ、かかる在留期間更新許可申請に対する裁量判断の前提として、被告法務大臣が斟酌すべき事由の内容に相違があれば、裁量判断の結果が異なるものとなり得ることは、むしろ当然であるというべきであるから、右裁量判断の結果が異なることをもって、憲法一四条一項に違反するというためには、少なくとも、単に在留期間を伴う在留資格で在留し、過去に指紋押捺拒否行為に出たという点で原告と共通性を有するというだけでなく、右指紋押捺拒否行為の時期、態様、動機等のほか、在留期間更新許可申請に当たり一般に斟酌すべき諸般の具体的事情においても原告と共通性を有しながら、右申請に対する処分の内容を異にする者が多数存在し、原告に対する本件処分が社会通念に照らして著しく公平を欠くことが明らかであるような場合であることを必要とするものというべきである。

しかるところ、右の場合に当たるような事情が存在することを認めるに足りる証拠は全く存在しないのみならず、かえって、被告法務大臣は、本件処分の前後において、従前三年間の在留期間を有していて指紋押捺を拒否した者の在留期間更新許可申請に対しては、在留期間一年の在留期間更新許可処分をするのが通例であったことは一の4の(三)のとおりであるから、原告の右主張も失当である。

2  憲法一三条、二五条違反の主張について

原告は、本件処分は、原告がこれまで抱いてきた日本での永住の確信に動揺を与え、原告に、いつ在留期間更新を不許可とされるか解らないという不安を植え付けて、原告の指紋押捺拒否の確信を翻意させようと意図するものであるから、原告の幸福追及及び生存の前提たる在留に対する重大な侵害であるとして、本件処分が憲法一三条に違反し、同法二五条の自由権的側面にも違反するものであると主張する。

しかしながら、原告のような入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する者が当然に在留期間の更新を求め得る権利を有するものではないことは第一の二の2の(二)のとおりであって、本件処分は右のような地位にある原告に、さらに一年間を在留期間とする在留を許可したというに尽きるものであるから、本件処分が原告の在留を侵害するものでもなく、本件処分の効果が原告の主張する動揺や不安などの不利益と直接的な関係を有するものでもないことは明らかであり、原告の右違憲の主張は、その前提を欠くもので失当である。

3  憲法三一条違反の主張について

原告は、被告法務大臣が本件処分をするに当たって、原告に対し、事前に、処分の判断基準及び判断の基礎となった手持資料を開示せず、原告に反論の機会を与えなかったとして、本件処分が憲法三一条に違反するものであると主張する。

しかして、憲法三一条による適正手続の保障が行政処分手続についても及ぶものと解するとしても、第一の二の2の(二)のとおり、入管法四条一項一六号、同法施行規則二条三号に基づく在留資格で在留する者は、当然に在留期間の更新を求め得る権利を有するものとはいえず、本件処分は、右のような地位にある原告に対し、さらに一年間を在留期間とする在留を許可したというにすぎないもので、本件処分によって、原告の権利、利益が侵害されるという関係にはないのであるから、被告法務大臣が本件処分をするに当たり、原告に、告知、弁解、防禦の機会を与えなかったとしても、本件処分が憲法三一条に違反するものとは到底解しえない。したがって、原告の右主張も失当であることが明らかである。

4  指紋押捺拒否行為の法違反性の消滅の主張について

原告は、昭和六二年法律第一〇二号による外登法一四条の改正(昭和六三年六月一日施行)により、従来は確認申請や登録証明書の再交付申請の度に義務付けられていた指紋の押捺が、原則として新規登録申請の際に一回押捺すれば足りることとされたこと及び右改正前の登録証明書の再交付申請の際に指紋押捺拒否行為を行ったことによる原告の刑事責任が昭和六四年の昭和天皇死去に伴う大赦令の発令によって免ぜられるに至ったことを挙げて、法違反の内実を失った原告の指紋押捺拒否行為は、もはや、原告に対する不利益処分の根拠とはなり得ないと主張する。

しかして、右主張の趣旨は必ずしも分明とはいえないが、被告法務大臣が本件処分をするに当たり、その裁量判断の基礎事実として原告の指紋押捺拒否行為を斟酌したところ、右処分後の法改正によって、右指紋押捺拒否行為のあった登録証明書の再交付申請の際には原則として指紋の押捺を求めないこととなり、また、原告の右指紋押捺拒否行為についての刑事責任が恩赦により消滅したからといって、本件処分が遡って違法となるものと解すべき根拠を見出し難いことは明らかであるから、右主張も失当である。

五  以上の次第で、本件処分に原告主張の違法があるとはいえないから、本件処分が違法であることを前提とし、国家賠償法一条一項に基づいて、被告国に対し損害賠償を求める原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第五よって、原告の被告法務大臣に対する本件処分取消しの訴え及び在留期間を三年とする在留期間更新許可処分を求める訴えは、いずれもこれを却下し、被告国に対する損害賠償請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木康之 石原直樹 青野洋士)

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